第12話 宣誓、ジュリエッタ姫!
人生、何が起こるかわからない。
唐突に魔物に襲われて故郷の村が壊滅することもあれば、流れの剣士に拾われて剣の才能に目覚めたりすることもある。
そんなことがあるのならば、初対面の王女といきなり戦って、勝利したら即結婚という話があってもおかしくない。
あ、おかしいですね。はい。
「どうだ、ロイ? なかなか美味いだろう?」
「……はい。美味しいです」
なぜか、俺は食後のお茶をハイデルベルグ王国第一王女、ジュリエッタ姫にいれてもらっていた。
どうしてこんな恐れ多い状態になっているんだろ?
頬引っ張ってみたけど、ちゃんと痛いんだよねぇ。夢じゃないってよ。
姫さんが用意した茶は、普通にうまい。
ザザ村のクーチェの茶もうまかったが、姫さんの茶は洗練された技のせいか、茶葉の違いか、繊細で上品な味わいだった。
「そうだろう、そうだろう!
これでも妾は嫁修行というものを、ひととおりこなしているからな!
本来王女たる妾には必要ないことだが、母上の方針でな。
落としたい男ができたときに、絶対に有利になると断言されて身に付けていたのだ!
母上が勧めるからできるようにはなったのだが、実を言えば妾はまったく興味はなかったのだがな。
それがまさか、こうして役に立つ日がくるとは……人生とは分からぬものだな!」
清々しく眩しい裏表のない笑顔に、俺は思わず糸目になるのだった。
どーしたもんですかね、これ?
◇ ◇ ◇
姫さんと一戦した後に発覚した、『姫に勝った者を伴侶とする』騒動だが、帝国の陰謀の件もあってひとまず脇に置いておくことで落ち着いていた。
石化から回復したハイデルベルグ王には、
「……ロイ。娘はかわいいものだ。わかるよな? かわいすぎて、物理的に目に入れられるほどだぞ?
娘のためならば、父はどのような苦難にも立ち向かえるし、どれほどの汚名をかぶることもいとわない。
…………………………わかるよな? わかってるよな?
それほどまでに愛しく想っている娘に手を出す輩など、この世界に存在していいわけがないよなぁぁああぁぁぁああん?」
と、ごつい顔を限界まで寄せてきて俺に滔々と語った。
筋骨たくましい腕が、俺の肩を締め上げるようにがっしりと掴んでいたが、他意はないと思う。だって俺、姫さんの伴侶でもなんでもないしね。でも痛い。肩、超痛い。
王の前から逃走すると、今度は近衛隊長に捕まった。
「ロイ殿、ご承知とは思いますが、ジュリエッタ姫は剣を愛し、愛されている御方です。
その才は、私のような凡人では決して到達できない高みにあり、到底太刀打ちできるものではありません。
ゆえに、姫様は唯一の存在であり、姫様と共に道を歩むことができる者など現れないと思っていました。
姫様自身は孤高であることを気にしておられる様子はありませんでしたが、私にはそれが余計に不憫に感じられたのです。
姫様に並ぶ者としてまっ先に思い浮かぶのは勇者殿ですが、残念ながら勇者殿は女性です。ですから剣聖殿であればもしかしたら、とは思っていました。
しかし、ロイ殿はいつの間にか勇者殿たちの下から離れ、我らには行方知れずとなっていました。
…………それが何の幸運か、こうして姫様と相まみえ、互いを認める仲となったのです。
これはもう運命としか、私には思えないのです!」
熱く語る近衛隊長の横で、大臣が腕を組んでうんうん頷いている。
両者感極まったように、ぷるぷると震えて目の端には涙を浮かべていた。
「姫様のお相手は、剣聖であるロイ殿以外ありえません!
ロイ殿、姫様になにかご不満な点がありますか!?」
近衛隊長は逞しい手で、がしぃっと俺の両肩をホールドしてくる。
痛い。そこ、今さっき王にもやられたところなんですよ。
……不満かぁ。脳筋すぎるところかな?
さすがにそんなことは言えず、俺は曖昧な笑みを浮かべた。
「姫様ほどまっすぐな気性の方は、王国全土を見回してもおりませんよ!!」
はははは。
…………どーしたもんよこれ?
そんな感じで、俺は王様と配下の者からの板挟みになっていた。
とはいえ、結婚なんて王族でも貴族でもない俺からしたら、当人同士の問題でしかない。
周囲がいくら騒ごうが、最終的に決めるのはそいつ自身だ。
そして、俺の考えは決まっている。
ジュリエッタ姫は、ハイデルベルグ王が猫っかわいがりするのも全力で肯定できてしまうレベルで可憐だ。
絹のように美しく陽光に照らされて輝く金髪に、目鼻立ちがしっかりとしていて強気な印象だが、時に柔らかい笑みを浮かべる端正な顔。
身体は平均的でスラっとした印象だが、よく見るとちゃんと出るとこは出てる。
性格は脳筋気味なところもあるが、近衛隊長が言うように、まっすぐな気性とも言え、好感が持てるとも思う。
結論。土下座して相手してもらうレベルだ。
だがしかし。
王女。
これはいただけない。
ハイデルベルグ王が義理の親父になるとか、前提からして地獄の罰ゲーム級だが、それはまぁいい。絶対によくないが、いいとする。
それよりも、もしも王女の伴侶となれば、当然俺は王族の仲間入りをして城内に住むことになるだろう。
となれば、自由に外へと出られなくなるのは必然。
そんなことになれば、俺は…………俺は……………………、
どうやってモテモテになればいいんだあああああああああああああああああああああああ!!!??
…………ふっ。
なるほど、確かに城内にも女はいる。
メイドさんとか、メイドさんとか、メイドさんとか。
いいよね! メイドさん!! ドジっ娘も有能侍女もウェルカム、どーんっと来いだよ!!
でも違うの!!!!!
仮りにも王族になんぞなっちまったら、俺が言い寄ればメイドさんだって早々嫌とは言えなくなっちゃうでしょ!?
内心嫌がりながらも、俺に言われたもんだから仕方なく…………ってのも悪くないんだけど違うんだよ!!!
それもいいんだけど、それだけになっちまったらもうダメなんだよ!!!
俺は、俺自身の力でモテモテになりたいんだよ!!!
王族の御威光の力でモテたって全然嬉しく…………………………ないわけじゃないけど!! それだけじゃ嫌なんだよ!!!!
今はまだ、はっきりまったくモテねぇけど、これは俺の信念の問題だ!!!!
だから、俺の答えは決まっている。
俺はたとえハイデルベルグ王国の姫さんを前にしようが、はっきりとNoと言える剣聖だ。
俺は姫さんにいれてもらった茶を飲み干し、キリリリッと姫さんを視界に捉えた、ところでカウンターを受けた。
「ところでロイよ。
そなた、地位には興味あるか?」
「へ? 地位? …………ないですけど」
意気込んだ気力が削がれ、思わず素で答えてしまう。
にしたって、何の話よこれ?
「そうか? 王になる野望などないか?
妾の夫となれば、その可能性も出てくるぞ?」
なぜかぐいぐい迫ってくる姫さんに、俺は思わず引き気味になりながらも答える。
「いや、ないですって。
ンな大それた野望なんて持ってないですし、頼まれたって王様とか面倒そうなのは御免ですよ。
大体王国には、優秀な王子が何人もいますよね?
その方々に任せるのが、国にも民にとってもベストなんじゃないないですか?」
じっと見つめてくる姫さんに、俺は思ったことを告げた。
俺は剣を持って、そのへんの魔物でもぶっ倒しながらちょこちょこ依頼をこなして、のらくら生きてくほうが性に合ってる。
にしても、姫さんの瞳マジ綺麗な蒼色ですね。
うっかり見続けてると、魅了の魔法でもかけられてる気分になってくるわ。
「…………そうか」
と、姫さんが俺から離れて隣に座り直す。
なぜか姫さんは、てへりてへりと笑っていた。
「そなたがそう言うのであれば、妾の気持ちも固まる。
……いいだろう、ロイ。妾の心身、そなたに捧げよう!
共に剣の道を歩もうぞ!!」
姫さんが俺の手を両手で包んで、さらりと爆弾宣言を投下した。




