第11話 猛進、ジュリエッタ姫!
「勝負あり! ロイ殿の勝利!!」
近衛隊長の合図で、俺は剣をおさめた。
にしても、久々にマジになる戦いをしたなー。
大した姫さんだよ、本当に。
「がははははは!! ジュリエッタよ、いい勝負だったぞ!!!」
ハイデルベルグ王が、うつむいている姫さんに歩み寄った。
姫さんは顔を上げて、ゆっくりと立ち上がって前を向いた。
「……いえ、完敗です。
父上がなぜ彼を気に入っているのか、妾も身をもってわかりました」
「そうかそうか!!
では、今後も精進せねばな!!!」
がっはっはと笑うハイデルベルグ王。
なんだか知らんが、姫さんが敗けたっていうのに妙に上機嫌だな?
不思議に思ってると、モニカがぺちぺちと拍手しながら寄ってきた。
「おつかれー。見ごたえあったよー。ロイが剣技まで出すほど本気になるなんて思わなかったよ」
「いやホントに強かったよ。
あの姫さん、支援魔法なしの状態ならユエルよりも強いだろ」
「ふぇぇ? そんなに?
……お姫様なのにすごい人なんだねー」
それには同感だ。
なんで姫さんなのに、これほどまでに強くなってしまったのか。
っていうか、そもそも獣王国に留学とかなんなんだそれ?
どう考えても戦闘系能力を高めようとする以外に行く理由浮かばんだろ?
一国の姫さんに必要なスキルとは思えんのだが……。
「ロイよ!! ジュリエッタとの勝負、受けてくれて感謝するぞ!!!
これで娘も、上には上がいるということを知ることができただろう!!!」
「はぁ」
王がやってきて、ぐいっと俺の肩に手を回して小声で話す。
「……実はな、アレも早いもので、もう18歳になってしまっていてな。
いい加減嫁ぎ先を考えねばならん時期になってしまっているのだ」
ほえー。18歳で結婚かぁ。早いけど、王族じゃむしろ遅いもんなのかもなぁ。
「大臣たちも騎士団も、こぞって自分の息子や親族、果ては外交的観点から他国の王子を推す者もいるのだ」
「はー。選り取りみどりですねー。羨ましい話です。いいですねー」
俺も相手を選ぶ側回ってみたいわー。
どーして俺はいつも選ばれないんだろうね? ふふふ。
不可思議な真理にぶち当たって鬱々としそうになったところで、王のごつい顔がドアップになった。
「バカ者!! どこがいいものか!?
ワシのかわいい娘が、どこの馬の骨ともわからん輩に連れ去られるなどもってのほかだ!! 絶対に許さんぞ!!!」
…………えぇぇ?
おいおい、おっさん。
王がそんな考えでいいの? そりゃ娘はかわいいだろうけど、いいの? いや、ダメでしょ?
しかし俺の考えはよそに、王は得意げに話し続けた。
「幸い、ジュリエッタは剣に夢中でな。
強さも折り紙つきじゃし、本人の口から「妾より強い者でなければ、妾の伴侶としては認めん」と公言するようになってくれたのだ!!
ぐふぉっふぉっふぉっふぉ!! ジュリエッタは、あのドーベングルズ将軍すら倒したのだ!!! 娘より強い者など、この国にはおらんじゃろ!!!
他国の者と戦う機会など、よほどの例外でもなければありえんし、これで娘を嫁にしようなどという不届きな輩は現れんという寸法じゃよ!!!
お前に敗けたことで、娘はまた今以上に剣に熱心になるだろうし、更に強くなれば有象無象の男共なぞ相手にならぬ!!!
これで娘に寄り付く男など皆無よ!!!!
完璧!!! 完璧じゃ!!!! がははは、がはははははははははははは!!!!!」
超ゴキゲンに豪快に笑う王。
傍らで呆れたように苦笑している大臣と近衛隊長。
お国のことだからとやかく言うつもりはないけど、王国はこんな王様で本当に大丈夫なの?
「…………ねぇ、ロイ」
「どしたよモニカ? 微妙な顔して」
「そりゃ今の話聞けばね…………あんたどうする気?」
「どうする気って、なにがだ?」
「……………………あー、気づいてないならいいわ。
どうせ、すぐわかることだしね」
モニカはやっぱり微妙な顔をして、同情するように俺を見ていた。
一体何だってんだ?
「ロイよ! 見事な剣技であったぞ!!」
いつの間にかジュリエッタ姫は剣を鞘におさめていて、俺の前へと来た。
「お褒めに預り光栄です。
姫様も、素晴らしい剣技でしたよ。特にあの動きは私では真似できません」
これは決してお世辞じゃない。
正直に言って、あの身のこなしをどうやって身に付けたのか教えて欲しいくらいだ。
「当然だ!! 妾は、ハイデルベルグ王女なのだからな!!!」
自信に満ちた表情で、姫さんが胸を張るが、
「……しかしな、父上から聞いてはいたが、これほど容易にそなたにあしらわれるとは思っていなかったぞ。
剣聖の名は伊達ではないということだな。妾から賞賛を贈ろう」
尊大な態度だが、清流のように澄んだ瞳で言われ、思わず俺は胸に手を当てて頭を下げた。
脳筋気味な姫さんだけど、風格は確かだ。
ハイデルベルグ王と同じく、人を従わせるカリスマ性があるんだろうな。
「というわけで、どうだ? もう一戦せんか?」
軽い口調の姫さんに、危うく俺はコケそうになった。
なるほど、こりゃ思った以上に脳筋な姫さんだ。そういうのは嫌いじゃないけど。
「……魅力的な提案ですが、今はやめておきましょう。
日も落ちてきましたし、皆様方はそれぞれにすべきことがあるのでしょうから」
「ふむ、では今日のところは引いておく。
次からは、こういった物々しさは排除して、個人的に戦うこととしよう。
なれば、他人を気に病むこともあるまい? くはははははは!!」
姫さんが、にこやかにバシバシと俺の腕を叩いてくる。
フランクな態度はハイデルベルグ王譲りなんだろうけど、相手はおっさんじゃなくて美人さんな姫なので、そんな気はなくともちょっと照れる。
結った金髪から垂れた髪がうなじにかかる様は、不思議な色気があるよなぁ。
「しかし、剣聖が妾の夫となる、か。
剣を取った日からそのような想像もしたことはあったが、まさか真実となるとは思わなかったぞ。
これより死して別れる日まで、よろしく頼む」
「はい。こちらこそ、よろしくお願………………え?」
妾の夫?
だれが? ……………………俺が?
だれの? ……………………姫さんの?
死別するまでよろしくって……………………え? なにそれ、こわい。
「まずは王城にそなたの部屋を用意せんとな。
それとも妾と同室の方がよいか?
……妾は構わんが、正式な手続きを踏む前からそれでは示しがつかんか」
微妙に頬を赤くしながら腕組みをする姫さんに、俺はストップをかける。
「待て待て、ちょっと待てい!!」
「どうした、ロイ?」
わずかに小首を傾げる動作が、なぜかサマになっている。かわいい。
思わぬ不意打ちに心臓を撃ち抜かれそうになってしまうが、ここは理性を総動員して我慢だ!
こいつは、決してスルーできる案件じゃねぇ!!
「妾の夫ってなんだよ?
俺はそんな話まったく聞いてないぞ!?」
「なに? そうなのか?
父上、ロイには何も説明していないのか?」
なんだと?
おい、おっさんどういうことだよ!
俺は威勢よく、ハイデルベルグ王に問い詰めようとして、
「……………………………………」
うお!? なんでこのおっさん、昇天したみたいに固まってるの!? マジでびびったわ!?
この短時間に何が起こったっていうの!? 意味わかんねぇ!! 急展開すぎてついていけないんですけど!?
姫さんがおっさんに何度も呼びかけてるけど、微動だにしない。昇天してるからかな?
「……だから、あたし言ったじゃない。
あんたどうする気? って」
モニカが半眼で半笑いを浮かべていた。
「どうする気って、これのことかよ!?
というか、そもそもなんでこうなってんだよ!?
姫さんはしれっと謎の求婚してくるわ、王は石化するわ、一体どういうことなんだよ!?」
「そんなの、さっきハイデルベルグ王が言ってたじゃない。
お姫様が、「妾より強い者でなければ、妾の伴侶としては認めん」って公言してるって。
それって逆に捉えれば、お姫様より強ければ結婚しよってことでしょ?」
「………………いや、さすがにそれは暴論すぎでは……?」
俺の極めて正当な反論はしかし、無情にも姫さんが事も無げに打ち砕いた。
「なんだ、やっぱり聞いていたのか? そのエルフの言うとおりだぞ。
もっとも獣王国でも妾に勝てる者はいなくなったゆえ、この国で妾を倒せる者に出会えるとは思わなかったのだがな。
なぁに。そなた、最初は頼りないと思っていたが、戦いで見せた顔は引き締まっていてなかなかの面構えであった。
今は緩い顔に戻ってしまったが、愛嬌があるとも言える。
妾は悪くないと思うぞ」
姫さんから謎の好感度が急上昇しているが、複雑な気分だ。勿論姫さんのような美人に褒められれば、有頂天一直線なんだけどさ。
でも、今はそれどころじゃねぇだろ!?
「ちょっと待ってくれ!!
俺は姫さんのこと、ついさっき初めて知ったくらいなんだぞ!?
あんただって、俺のことなんて剣聖だってことくらいしか知らんだろ!?
そんなんで一緒になるとか、どう考えたっておかしいだろ!?」
俺の至極当然の問いに、しかし姫さんは平然としている。
「いつ知り合おうが、気にいる奴は気にいるし、気に入らん奴は一生気に入らんぞ?
それに妾は、そなたのことを父上から聞いていたしな。一体どんな男なのかと興味はあった。
剣の腕は確かであったし、話していてもなかなか退屈しそうにない感じだ。
有象無象の男と共になるくらいなら、妾はお前を選ぼう」
「う…………」
こ、この姫さん、冗談みたいな話を、冗談抜きの表情で語っておられる……。
くもりのないまっすぐな瞳で見られると、なんだか俺が間違っているのではないかという気分になってくるぞ?
「どーすんの? ねぇ、どーすんのー?」
モニカが半笑いで横から煽ってくる。
うわ、ぶん殴りてぇ。
「む? ……もしやそなた、すでに心に決めた相手がいるのか?」
はっと何かに気づいたように、姫さんがモニカを見た。
いきなり見られたモニカは、一瞬、「はい?」という反応だったが、
「……………………いえ……私は…………」
と、無駄に意味ありげに視線をさまよわせ、何度か俺を見るもすぐに顔をそらした。
その姿、美麗なエルフの容姿も相まって、うたかたのような儚さを感じさせる。
姫さんが、むむむと何かを悟ったように口元に手を添えた。
「やはり…………そうか。それは困ったな……」
確かに困ってはいるが、困っているのはこのアホエルフのしょーもない思わせぶりな態度にである。
王族相手だろうが、からかい精神をいかんなく発揮するのはやめろ。
こいつの悪癖には、ホント頭痛が痛くなるよ。
「モニカ。お前ね、ホントそういう冗談やめろ?
いつか刺されるぞ?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。
刺さない相手にしかやらないから♪」
くふふふふと、モニカは心底楽しそうだ。
こいつ、ホントいつか痛い目見ろ。
俺は咳払いひとつして、姫さんに説明する。
「…………あのですね、このすっとこどっこいエルフの言うことは絶対に真に受けんでください。
俺はこいつと旅の仲間ではありますが、それ以上でもそれ以下でもありませんし、今後一生それは変わることはない厳然とした事実ですから」
「やん、つめたーい」
俺の腕をつんつん突いてくる指を無造作に払う。でええい、鬱陶しい!
姫さんは、モニカと俺を交互に見て、まだ訝しげにしていた。
「そうなのか? では、その女はそなたの想い人ではないのか?」
「怖気の走るようなこと言わんでください!
そういう感情とは対極に位置する生き物ですよ、これは」
「………………そうか。ならばよかった」
ひそめていた眉が、元の綺麗な形に戻り、姫さんがほっとしたように一息つく。
それから、小さな花が咲いたような柔らかい笑みを浮かべた。
……え、なにそのリアクション…………困る。
脳筋のイメージが消えるレベルの可憐な笑顔なんですけど。
「…………か、かわいいっ」
うっかり考えたことが漏れたのかと焦ったが、声を発したのは口元に手を当てて、涙目でぷるぷるしているモニカだった。
変態に賛同するのは非常にシャクだが、まったくもって同感だった。




