9、マジカルスティック
「おいマギカ。本当に装備の用意は必要なかったのか?」
ダンジョン内で、手ぶらのマギカを見ながら俺は言った。
「ダンジョン内では、時折過去の冒険者の装備が落ちていたり、モンスターが使っていたのを奪い取ったりできるんですよね?」
「ええ、ご主人様はそれで棍棒を手に入れていたわ」
「杖を持ったモンスターなんていねぇし、装備が落ちていることなんて稀ではあるがな」
「いいえ、きっと大丈夫です」
自信ありげにマギカは言う。
……まぁ、役立たずならば、速攻置き去りにするだけだ。
「お、スライムちゃん発見!」
早速、モンスターとエンカウント。イリヤが興奮した様子でスライムに駆け寄り、スライムを杖でぶち殺した。
「……イリヤはシスターではないのですか?」
「シスターだ。頭のおかしい、な」
「はぁ……」
次々とスライムを見つけては虐殺を繰り広げるシスターのイリヤを見て、マギカは引いた様子だった。
しかしマギカも、イリヤとともに、ノリノリでスライムを撲殺し始めた。
中々適応力は高いらしい。
「レベルアップしました! すごいですね、この全身に力がみなぎる感じ!」
「私もレベルアップ! ……って、あれ?」
俺たちはほとんど同時にレベルアップをした。
マギカは初のレベルアップの感覚に感動をしているようだ。
そしてイリヤは、どこか不思議そうに首を傾げている。
「あの、ご主人様。……私のレベル、今2になったのですが。前回はレベル5まで上がったので、6になるはずでは?」
新人冒険者にありがちな思い込みだ。
「一度死んだら、レベルはリセットされるんだよ。なぜかは知らないが」
「そ、そんな……」
確かに、頑張ってレベルを上げたのに、リセットされていたら、ショックだよな。
「ま、そう簡単に攻略はさせてもらえないってことだよ。今回も、気合を入れていくぞ」
「……はい、ご主人様」
イリヤは俺の言葉に頷く。
それにしても、本当に従順になったものだ。気味が悪いくらいだ。
「あ、階段を見つけましたよ!」
「でかした!」
いつの間にかマギカが見つけた階段で、俺たちは下層へと向かった。
そして、降りた先のフロアに、武器を持ったゴブリンが待ち構えていた。
スライムではないモンスターに、マギカが怯むかと思いきや……。
「見つけました!」
マギカは好戦的な笑みを浮かべ、全力でゴブリンへと向かって行った。
そして、軽々とゴブリンを投げ飛ばしてマウントを取ってから、何度もパンチを繰り返す。
体勢の不利を覆せぬまま、ゴブリンは絶命した。
俺はドン引きである。
モンスターを哀れに思ったのは、これで初めてかもしれない。
しかしイリヤは、
「これは……中々の逸材かもしれませんね、ご主人様」
なんだか嬉しそうにしていた。
俺は何も答えたくなかったので無視をすることにした。
「これで、よーし!」
マギカは嬉しそうに呟き、ゴブリンの物だった棍棒を手にした。
「よーし、て。魔法使いのお前が棍棒持ってどうすんだよ」
「棍棒? いいえ、これはマジカルスティックですよ! あと、魔法少女☆ですから!」
「……はぁ。それじゃあ何? マジカルスティックって?」
「魔法少女が魔法を使うのに欠かせない、素敵な杖です!」
「それただの棍棒だけど……」
「マ・ジ・カ・ル! スティックですよ!」
「……あー、はいはい、そうだね、マジカルスティックだね」
俺はもう、開き直って首肯した。
「ご主人様、ゴブリンが出ました!」
俺とマギカがやり取りをしていると、いつの間にかまたゴブリンが現れたようで、イリヤが俺たちに告げた。
見ると、その数は三体。
一人一殺で間に合うが……あまり時間はかけたくない。
「ここは、私に任せてください!」
「おおっ! やる気だな、杖(?)も手に入ったことだし、魔法で一蹴……」
俺が言い終わる前に、マギカは棍棒でゴブリンを撲殺した。
見事な体捌きで、自分で近接戦闘に自信があると言っただけのことはある。
……あるのだが。
「あの……それマジカルスティックなんだろ? 魔法使えよ」
「? 棍棒はこういう風に使うものですけど、大丈夫ですか、アレン?」
当たり前でしょ? みたいなマギカの表情がめちゃくちゃむかつく。
すげぇぶん殴りたい。
「……もうそれでいいわ」
が、それは体力の無駄使いだろう。俺はツッコミを諦めることにした。
攻撃魔法を披露して一瞬で三体を殺すのかな? と、この女に期待した俺が馬鹿だった。
ちょんちょん、と俺の肩を控えめにたたくイリヤ。
「ちょっと変な子ですが。命を奪うことを恐れぬこの強い魂。中々の逸材ですね」
「……ちょっと?」
かなり変だろ。
……お前も含めてなあああぁぁあぁぁぁあ!!
俺の心の叫びは、誰にも通じないのだった。