7、神様と崇められる
「ああああああぁあぁぁぁぁぁぁああ、また死んだーーーー!!!!」
俺は起き上がり、叫び声をあげた。
……足手まといのイリヤはいなくなったけど、あの後死んじゃった。
到達階層は16階層。
20階層にも、到達できなかった。
原因は、虎の子の「第六感」を浅い階層で使ってしまったせいだろう。
そのせいで、調子が狂ってしまった。
つまり、イリヤのせいだ。
全く、素人とパーティ組んでも、ろくなことになりはしない。
俺は嘆息しつつ、簡易寝台から起き上がり、枕もとのナンバープレートを手にした。
最低限の稼ぎは確保している。
ギルドに換金をしにいかなければいけない。
……そして。
初めての死を体験し、もう二度とダンジョンに挑戦しないと、心挫けてしまったかもしれないイリヤに、もしも会うことがあれば。
つのった不満をぶつけなければならないな。
☆
「お待ちしておりました、ご主人様」
受付にたどり着いた俺を待っていたのは、妙に殊勝な態度のイリヤだった。
色々と言いたいことがあるが。
「ええ……」
俺はとりあえず困惑をするしかなかった。
困惑した俺を見て、驚いたことにイリヤはその場に跪く。
「え、イリヤさんちょっと待って。……とうとういかれちゃったの?」
一度死んで、もう二度とダンジョン攻略なんてしたくない、っていう冒険者は何度も見てきた。
だが、一度死んだあと俺にご主人様とか言っちゃうような奴は間違いなく初めましてだった。
「いいえ、そのようなことはありません」
「……俺がダンジョンで助けられなかったこと、怒ってるのか?」
それで、こんな嫌味なことをしているのか、と疑う。
「まさか!」
驚きの表情を浮かべた後、顔を赤くして恥じらうイリヤ。
あー、これはもうダメかもわかりませんね。
とりあえずこいつは、同じ宗教を信じる人間に押し付けて、違うメンバーを探すことにしよう。
「一つ聞かせてほしいのだが」
「はい、何なりと」
にこやかな笑顔を浮かべながら返答するイリヤ。
「お前の信じる神様って、なんだ?」
目をぱちぱちと見開く。
「私を試されているのですか? もちろん、私の信じる神は、イービル様です。生きとし生けるすべてのものに、平等に自由と死を与える、慈悲深き神」
「イリヤお前、やばいやばいとは思っていたが……イービル信徒かよっ!?」
この国でも有名な邪教……だった。
だった、というのは、数年前にこの国をひっくり返そうとして、王国の騎士団に殺されたかのだが……まだ残党がいたのかよ!?
こいつ、縄でふんじばって騎士団にさし出せば、そこそこのお値段になるぜ。
「ええ。……我が敬愛するイービル様自らの問いに、嘘偽りは答えられません」
「あー、そうか。……ん?」
俺がイリヤの言葉に引っ掛かりを覚え、彼女を見る。
うっとりしたような、恍惚の表情を浮かべていた。
そこはかとなくエロく、邪な考えが頭をよぎ……いや、そんなことよりもっ!
「え? 俺のことイービル神って言った?」
「……失礼いたしました。この話は、他言無用ですね」
しゅん、と沈んだ表情を浮かべたイリヤ。
……何言ってんのこいつ?
「俺、神様じゃないぞ?」
「何をおっしゃいます。[イービルハンド]が勝手に避けたのは、あなたがイービル様、もしくはそれに近しい存在だからですよね? 私にだって、それくらいわかります」
「いや、あれはスキルを使って……」
「ええ、分かっております、スキルを使っていたのですよね?」
うふふ、と可愛らしく微笑むイリヤ、
ダメだこいつ、全く人の話を聞かねぇ。
「ちょっと待て、そういえばお前がダンジョンに潜る動機をちょっと聞いたが、ありゃもしかして」
「この国でダンジョン冒険者として名をあげ、そしてもう一度イービル様の教えを世に広く布教するためです! この世界を幸せに導くために!!」
「うっわー……」
もうかかわりたくねー。
俺は素直にそう思った。
「あ、ヴラド! ヘイ! ヘイ!」
ギルド内を通りがかったヴラドに声をかけると、すぐにこちらに気づいた。
訝しそうにこちらに来るが、見かけだけは抜群に良いイリヤを見て、間抜けが鼻の下を伸ばした。
「よう、どうしたアレン? 早速くたばっちまったか? 一体何階層まで行った?」
「16階層だ」
「16! 浅い、浅いねー! どうだい、姉さん? こいつではなく、やっぱり俺たちと一緒に来ないかい?」
最深到達階層が19階層のヴラド君は偉そうにそう言った。
しかし……よし。よく言った!
ヴラド、上手くいったら今晩の酒代は俺の奢りだ!
「そうだ! いやー、ヴラド、お前の言ったとおりだ! この姉さんは俺には荷が重い、ぜひともお前が! お前がこの姉さんの能力を生かしてくれえええええ!」
「え? お、おう……」
テンションの上がった俺に困惑気味のヴラド。
さすがに様子がおかしいと思ったのだろうが、この屑になんと思われようが知ったことではない。
俺も、必死なのだ。
「いいえ、ヴラドさんとやら。私は……」
ゆっくりとかぶりを振って、俺の手を握るイリヤ。
「ご主人様と一緒が、良いの」
恍惚とした表情で、そう告げるイリヤ。
ヴラドはそのイリヤの表情を見て、絶望したように天井を仰ぎ見てから、
「っち、上手くやったもんだよ、この助平」
面白くなさそうに舌打ちをした。
「……は、はは」
絶望する俺。
「っち、じゃーな」
ヴラドが不機嫌そうに、俺を睨みながら退散する。
「ああ、まって……」
俺の願いむなしく、立ち去るヴラド。
「私、ご主人様となら、ダンジョン攻略だってすぐにできると思います!」
両手を握り、まぶしい笑顔を向けるイリヤ。
「そうだねー……」
俺は残念なことに、そういうしかなかった。
「さて、それじゃダンジョン攻略に向かいましょう!」
すんげ―笑顔でこの狂気の女シスターが告げた。
もうね、死の宣告にしか聞こえませんでした!
冗談でなくて。俺がイービル信徒を保護してる、なんて広まったら打ち首ありえるぞ……。
「ちょっと待って、そこのお二人!」
打ちひしがれる俺に対して、声をかける女がいた。
その声に振り向くと……なんか変なのがいた。
「え、何? 何、あんた?」
赤い髪を二つに結った女。
イリヤや俺よりも年齢は上だろう。
かなりの美人……なのは良いのだが。
恰好がエキセントリックだった。
すんげ―ひらひらフリフリした、頭の悪そうな服装。
ナニコレ?
「掲示板に張り出したのはパーティメンバー募集の人、あなたですか?」
「いいえ人違いです、あっちのあほ面がそれを張り出して……」
「ええ、それはご主人様が張り出したものよ!」
お前以外にややこしいメンバーなんていらねぇんだよ、クソがっ!
ヴラドに押し付ける作戦が速攻でおじゃん! ……あーもう! 泣けてきた!!
「……てか、何者なのお前?」
「私? 私は……魔法少女☆です!」
なにそれ……、聞いたことないんだけど。
自信満々で答える頭のおかしな人を見ながら、俺はそう思った。