6、リタイア
「よし、レベルも上がったことだし、そろそろ下の階に降りたいところだな」
「あ、階段があったわ!」
イリヤがフロアの先を指さす。
そこには、下層に降りる階段があった。
「でかした!」
イリヤを褒めてから、早速階段で下の階に降りる。
三階は、これまでと取り立てて変わることはない。
少しはダンジョンに慣れてきたイリヤと共に、スライムとゴブリンを見つけた端から虐殺してレベルを上げて、そしてあっさりと見つけた階段で下の層に降りる。
ここまでは、順調だ。
だが、初心者でもソロで進めるような難易度だ。
しかし、ここから先の階層は、話が変わる。
「ここから先が、ダンジョンの本番だ。……常に気を張り詰めておくようにしろ」
地下四階に降りてすぐ、俺はイリヤに向かって言った。
彼女はきょとんと首を傾げながら、問いかけてくる。
「ダンジョンの本番? どういうことかしら?」
「説明する。とりあえず、少しの間動くなよ?」
「へ?」
俺の忠告を聞かないまま、イリヤは一歩踏み出していた。
カチッ
そして。
俺の耳に、何かの動作音が届いた。
「あれ? 今何か踏んだような……って、きゃ!」
イリヤの言葉に反応して、次の瞬間、彼女に向かってどこからか弓矢が飛来してきた!
俺は彼女に飛び掛かって押し倒す。
瞬間的に察知出来たおかげで直撃は避けたものの、俺の腕の肉を抉られた。
「……こういうわけだ」
「……どういうわけよ!?」
「……助けてもらったのはありがたいけど。胸、触ってるわよ」
顔を赤くして視線を逸らしながら言うイリヤ。
俺の手の平には、ボリューム満点の乳の感触があった。
……恥ずかしがって顔を赤くするイリヤは新鮮で、中々そそる光景だ。
ここがダンジョンの中でなかったら、いけるところまでいくところだ。
……いや、こいつ結構めんどくさそうだし、そりゃないか。
「すまん」
俺は名残惜しみながらイリヤの乳を揉んでから、手放した。
「なんでもう一度揉んだのよ!?」
顔を真っ赤にして、イリヤは叫んだ。
「良い乳をしていたもんで、つい」
当然のことを、当然のように言う俺。
「……くぅ、助けられたばかりだから、強く言うことができないっ!」
困惑した様子のイリヤが身体を起こす。
そして、すぐに俺の傷の具合を確かめた。
「私の胸を触ったことと助けてくれたことでチャラ、と言いたいところだけど。怪我人を放っておくわけにはいかないわね……」
そう言ってから、イリヤは杖を掲げて告げる。
「わが主よ、この者に癒しを……[ヒール]!」
癒しの奇跡である回復魔法。
それをイリヤは行使した。
鈍い痛みを感じていた俺の腕の怪我は、あっという間に治っていた。
「おお、すげえもんだ。これが、回復魔法か。ただの撲殺シスターではなかったってわけだ」
「当たり前じゃない!」
「ま、お前が俺の話をちゃんと聞いて立ち止まっていたら、この回復魔法も必要なかったかもしれないがな」
「……」
無言で視線を泳がせるイリヤ。
「さて、さっきの話だが。ここからは罠に気をつけろ。あるいは、モンスターよりも、厄介かもしれないぜ」
「むぅ……。分かったわ、気を付ける!」
コクコク、と頷いてから、イリヤは慎重に一歩踏み出した。
カチッ
そして再び作動音が耳に届く。
気が付けば、勢いよく丸太が迫り、イリヤは豪快に吹っ飛ばされていた。
「お前、めちゃくちゃ不運だな。さすがに今のは想定外だわ。……大丈夫か?」
「……死にそう」
と、呟きつつも、ヒールを使って自らを回復したイリヤ。
「さて、これでもう平気よ! 先に進みましょうか!」
死にかけたばかりだというのに、タフな奴だな。
俺は素直に彼女を心中で称賛した。
そして、罠に気を付けながら進む。それが、イリヤにはストレスが溜まることだったようだ。
精神的に疲労がたまっているところに、スライムの群れを見つけた。
「……憂さ晴らし」
イリヤがニヤリと口端を釣り上げてから、杖を振り上げてスライムの群れに突進していった。
「おい、バカ! 待て!」
俺は呼び止めるものの、イリヤは止まらない。
クソ、スライムがいくら雑魚だからと言って、20匹近くの群れに突っ込むのは悪手だ。
群れを倒しきる前に、他のモンスターが現れたら、捌ききることができない。
「ちくしょう、面倒かけやがって!」
俺はスライムを撲殺するイリヤの隣に並び立つ。
「さっさとこいつら片づけるぞ!」
「そうね! ……って、ゴブリンまで来たわよ!」
「はぁっ、マジかよ、クソっ!」
スライムの数を半分以上減らしたところ、新手が現れた。
「ゴブリンの群れ。それに……オークが一匹紛れてる」
迫りくる群れの中に、豚面をした巨体がいるのを見て、俺は小さく舌打ちをした。
「強いの?」
「攻撃自体は単調だが、一撃の威力が高い。まともに食らえばそれでおしまい。それに、物理攻撃に対する防御力は高い。この階層では、強敵と言って間違いないだろう」
一体だけならばまだ対処のしようがあったが、複数のモンスターと共に現れると、現状手が付けられない。
運が悪い、と言えるだろう。
……これ、絶対イリヤが運悪いせいだわ。
「イリヤ。攻撃魔法は使えないのか?」
物理的な防御力が低くても、魔法的な防御力はない。
それが、オークの弱点だった。
「あるわよ!」
最後のスライムを撲殺したところで、イリヤが俺の言葉に応えた。
「おお! シスターだったら、光魔法とかか?」
光魔法とは、聖なる力を用いた攻撃魔法だ。
「いえ、私は光魔法を使わないわ!」
「……? じゃあ、一体どんな魔法を使うんだ?」
「私が使うのは……闇魔法よ!」
闇魔法。
それは光魔法とは正反対の悪しき力を用いた攻撃魔法だ。
嬉々としてスライムをぶち殺すイリヤにはぴったりだと思ったが、こいつ一応シスターなんだよな……?
「わが主よ、かの邪悪を打ち払う力を!【イビルゲート】」
自信満々に、イリヤは杖を掲げて宣言した。
すると、イリヤの周囲に一対の漆黒の腕が発生!
会敵間近だったゴブリンの群れ、そしてオークに向かって影が伸びる。
……どこか邪悪な空気をまとった腕だ。
その腕が瞬きの間にモンスターを捉えた。
そして無造作に握りこまて、モンスターたちの全身を握りつぶした。
あっという間に、漆黒の腕に全滅させられたモンスターたち。ご愁傷さまです。
「……うわぁー」
えげつない。
ドン引きである。
「……ねぇ、やりすぎじゃない?」
俺は素直にイリヤに言った。
しかし、真剣な表情をした彼女は、俺の言葉には答えずに言う。
「あ……ごめん。逃げて、アレン」
「は?」
イリヤが俺に視線を合わせないまま、謝罪をしてきた。
その理由は、すぐに分かった。
一対の漆黒の腕が、なぜか俺たちの方に向かってきているのだ。
「……おい、イリヤさん。これはどういうことだ?」
「……レベルアップしたせいか、魔法の威力がとんでもなく強いの。まるでコントロールができないわ」
……さいですか。
邪悪が目前へと至った。その圧力は、本来こんな低階層では味わえないものだ。
出し惜しみをしていても、仕方ない。
俺は漆黒の腕を前にして、集中力を極限まで高めた。
その状態で、あるスキルが発動する。
それは、「第六感」。
身に迫る危険を、五感以外の感覚器官、第六感で察知することができるようになる。
簡単に言えば、すげぇ「カン」が良くなるということ。
俺は何度もダンジョンで死んだことから、致死性の罠や危険を嗅ぎ分ける感覚器官が発達し、それがスキルとなって発現したのだろう。
このスキルのおかげで、俺はソロ冒険者にも拘らず、ダンジョン攻略の到達階層がギルドでも屈指の実力者となれたのだ。
それをフルに活用し、イリヤの発動した漆黒の腕から身を躱し続ける。
「イリヤさーん! さっさと魔法を解除してくれー」
第六感をフル活用して躱し続けてはいるのだが、このままでは俺のスタミナが尽きるのが先だ。
「だ・か・ら! 完全に、私のコントロールを受け付けないの!」
と、漆黒の腕につかまったイリヤが泣き叫んでいた。
「ええ……お前自分の発動した魔法につかまるって、そんなんありかよ?」
正直俺は呆れを通してちょっと面白いと思っていた。
「いやーーー助けて、アレーーーーン!!!」
全力で泣き叫ぶイリヤ。
恐怖と痛みでめちゃくちゃになったその表情を見て、俺は思った。
うわぁ、めんどくさ……と。
「アレーーン!! いえ、アレン様ーーーーー!」
うるさ……。
なおも騒ぎ続けるアホのイリヤの声を聞いて、俺はしかめ面をする。
とりあえず漆黒の腕を避けるのに必死な振りをしつつ、応える。
「イマタスケルカラナー」
「っあ……」
俺の返答を聞いたためかは知らないが、漆黒の腕がイリヤの身体を握りしめた。
イリヤの口からは、微かな呟きが漏れる。
ぐちゃ
という肉と骨がつぶされる音が耳に届いた。
瞬間、腕が消えてなくなった。
ぼとり
と、イリヤだった肉塊が地面に落ちた。
それはすぐにダンジョンの土に溶けて消えた。
あまり見る機会がないが、この死に戻りダンジョンで死んだ人間は、ダンジョンの土に還り、そして生き返るのだ。
イリヤが死んでしまい残念だが。
俺は脅威が去ったことを確認し、ホッと一息を吐き、スキル「第六感」を解除。
そして、漆黒の腕が消えた理由を考察をしてみる。
おそらく、術者が死ぬと、魔法も維持できずに消えるのか……。
とりあえず、今後あいつとパーティを組んだ時のために、覚えておくとしよう。
消耗した体力を、しばし休むことで回復してから、俺は一人呟く。
「……さてと」
足手まといも消えたことだし。
ここらへんで気を取り直して、ダンジョン攻略をリスタートしよう!