4、命の重み
「あの……アレン、さん?」
イリヤとともに受付に到着し、いつもの受付嬢に声をかけ、パーティを組んだのでダンジョンに挑戦したいことを伝えたところ。
受付嬢が、表情を強張らせた。
「ん? どうした? ……あ、もしかして二人パーティじゃダメだったか?」
二人だと、パーティというよりもコンビか。
何人以上のパーティか聞いていなかったな。
「いえ、人数は二人以上であれば問題ありません。ただ、その相手が……女性ですか」
つまらなさそうに、彼女はそう言った。
女性の冒険者など、腐るほどいるだろうに、一体どうしたというのだろうか?
「問題あるのか?」
「いいえ、問題はありません。……ですが……うぅ」
悔しそうな表情を受付嬢。
謎だ。どうしてそんな表情をするのか、皆目見当もつかなかった。
「いえ、いいです。分かりました。これは個人的なものですので! アレンさんはお気になさらず!」
「そ、そうか……?」
受付嬢は頬を膨らませ、そっぽを向いた。
いつも笑顔を浮かべる彼女にしては珍しい。何かあったのだろうか?
「……それでは。ええと、イリヤさん。あなたはまだ当ギルドに冒険者登録をしていませんね?」
「ええ。まだよ」
普段の様子に戻った受付嬢に返答するイリヤ。
その言葉を聞き逃すことが、俺にはできなかった。
「え、あんた初めてなのかよ!?」
「そうよ。言ってなかったかしら?」
「言ってなかっただろうが……。まぁ、良いか」
回復魔法さえこなしてくれたら、それ以上は期待しない。
「それでは登録をしますので、銅貨3枚と、ダンジョン挑戦料の銀貨1枚を下さい」
「結構するのね……」
そう言って、イリヤは懐から財布を取り出し、登録料と挑戦料を支払った。
「少々お待ちください。イリヤさんのステータスプレートを発行しますので」
受付嬢は、後ろにいる職員に指示をしてから、今度はイリヤの書類作成を始めた。
イリヤは文字の読み書きができるようで、受付嬢の言葉に従い、書類に記載していく。
「さて、書類はこれで終わり、と……。あ、プレートも出来上がったようです」
そう言って、受付嬢はイリヤにステータスプレートをイリヤへと手渡した。
「へぇ、名前とダンジョン挑戦回数。それに……レベル?」
「ああ、その辺の説明はあとでしてやるよ」
俺はイリヤの呟きに応えてから、受付嬢に自分の分の銀貨一枚を支払った。
「それでは、お気をつけてくださいね、アレンさん。イリヤさん」
銀貨を受け取りそう言った受付嬢に、俺は首肯して応えた。
ダンジョンの入り口は、ギルドによって厳重に管理されている。
警備兵の横を通り抜けて、両開きの重い扉を開く。
「さぁ、イリヤ。ここを通れば、死ぬか攻略するまで後戻りはできないが、覚悟は決めたか?」
俺の言葉を聞いて、イリヤは挑発的な笑みを浮かべた。
「もちろんよ」
「それじゃ、行くぞ!」
そうして、俺たちは扉の中へ足を踏み入れた。
☆
「これが、ダンジョン。……なんだか、不気味な感じがするわ」
「そうかもな。なんてったってここは一定時間で地形が変わっていく。俺も未だに不気味と思う」
「どうしてそんなことになるのかしら?」
「そんなん知らん」
ダンジョンに足を踏み入れたイリヤは、不安気に俺に問いかけてくる。
まぁ、このダンジョンには不思議なことがたくさんある。が、原理が分かっていることなんてほとんどない。
死に戻りの理由はもちろんわからない。
分からなくても、ここで死んでも、生き返った状態でギルドの仮眠室(正確には、放り出されるところにギルドの仮眠室を作ったのだが)で目覚める。
それが分かれば、俺は恐れることなくダンジョンに潜ることができる。
「これ、必ずつけないといけないのよね? どうしてなのかしら?」
イリヤが、不思議そうに、首から提げたステータスプレートを握りつつ言った。
「それは、管理をしやすくするためだ」
「何回死んだか、とかかしら?」
「まぁそういうのもあるけど……」
こいつ、言いづらいことをずけずけと言ってくるなぁ。
「メインは、レベルの管理だな」
「そういえばさっき説明をしてもらっていなかったけど、それっていったい……?」
「そうか、ダンジョン初心者なら知らなくて仕方ないな。レベル。普通に暮らしていれば、耳にすることがない単語だろう」
「耳にしたことくらいなら、あるけど」
一言多いぞ、こいつ……。
「……しかし、ダンジョン攻略者にとっては、非常に重要な要素だ。ダンジョンとは、周囲に魔力が満ちている。人間は、その異常な環境に適応しようと進化する。魔力のなじみ具合の指標、それがレベルというわけだ」
「そのレベルが、なんでこのステータスプレートでわかるの?」
「さぁ。このプレートが、ダンジョンでしか取れない特殊な金属を使っているとかじゃないか」
「適当なのね。まぁ、そんなものなのかも」
「ま、実際にレベルアップすればわかるよ。……っと、早速敵のお出ましだ」
話をする俺たちの前に現れたのが、一匹のモンスター。
丸い体格の、愛らしい瞳をこちらに向けているなんかプルプルした生き物だ。
「わぁ、かわいらしい! この子、なんていう名前なのかしら?」
「スライムだ」
「スライムちゃん! 可愛いっ!」
今にも駆け寄って抱きしめてしまいそうなイリヤ。
「ああ、そうかもな」
俺はそう返事をした後、こちらに近づいてくるスライムを撲殺した。
「ひゃあ!!」
絶命し、ダンジョンの土へと還るスライム。
あとに残るのは、キラキラと輝く、[魔石]と呼ばれるモンスターの心臓部。
これは貴重な資源となるため、回収してギルドに売りつける。
いつ死に戻っても良いように、装備の雑嚢に放り込んだ。
そんな俺に、イリヤが絶望した表情視線を向ける。
「人でなし……」
「いやいや、確かに可愛らしいモンスターかもだけど、こんなんぶっ殺してなんぼだって」
「なんて愚かな人間……」
……言葉のセンスがやばいだろ、なんじゃこいつ。
「ま、慣れろ。ダンジョンに潜るってのは、こういうことなんだよ」
「……」
イリヤが暗い表情でうつむく。
……他者の生命を奪うことに、強い忌避感があるのかもしれない。
ああ、こいつはだめだな。命を奪って日銭を稼ぐ冒険者には、決定的に向いていない。
俺は、彼女のうつむいた表情を見て、そう思った。
☆
「見て、アレン! またレベルが上がったわ!」
スライムを杖でぶん殴って絶命させてから、イリヤがはしゃいだ様子で言った。
「……ねぇ君、俺のこと人でなしとか言ってたよね?」
「思い出したの。私が信じる神は、命を奪うことを恐れてはならない、と」
「へぇー」
俺は自分がかなり見当はずれなことを思っていたことに気づいた。
この女、中々冒険者向きの性格してやがるぜ。