26、決着
マギカの棍棒が、横なぎに振るわれる。
それをミノタウロスは右腕で受け止める。
ゴブリンなどの低級モンスターを肉ミンチに変えたその一撃は、何の痛痒も与えてはいない。
棍棒を引くマギカに、ミノタウロスは斧を振り下ろそうと、右腕を振り上げる。
これを見過ごすわけにはいかない、俺は今、スキル【第六感】を常時発動させている。
「右に飛べ、マギカ!」
そう宣言すると同時に、俺はミノタウロスの無防備になったわき腹を思いっきり蹴りつける。
ダメージを与えたという実感こそはなかったが、ミノタウロスの攻撃は精彩を欠くものとなった。
マギカは俺の指示通りに動く。
彼女が先ほどまでいた場所に、ミノタウロスの斧が振り下ろされた。
瞬きほどの硬直、それをマギカは見逃さない。
棍棒を素早く繰り出し、ミノタウロスの首筋に一撃!
グォォォォォオオオ!!!
ミノタウロスが呻き声を上げる。
やったか!?
と思ったのも束の間。
「引け、マギカ!」
俺の指示通りに一歩引いたマギカの鼻先を、ミノタウロスの指先がかすめていた。
あのままの場所にいたら、マギカは助からなかっただろう。
棍棒の一撃を無防備な箇所に叩き込んでも、致命傷にはなりえないか。
俺は冷静に分析しつつ、ミノタウロスの懐に潜り込んでダガーを振るう。
分厚い筋肉を覆う表皮は、嘘みたいに固い。
刃こぼれをすることはなかったが、ダガーで与えられる傷はたかが知れていた。
しかし、ミノタウロスにとってはそれがうっとおしかったようで、俺に向かって次々と攻撃を加えてくる。
俺はそれを寸前で躱す。
一撃でも食らえば死がまつというのに、間断なく繰り返される攻撃。
俺の肝は冷えるものの、大丈夫だ。
身体も頭も、冴えている。
俺に攻撃を加えられないことにいら立っているのか、ミノタウロスは徐々に攻撃が大振りになってきている。
……隙だらけだ。
背後から忍び寄ったマギカが、後頭部に棍棒を振り下ろした。
瞬間、ミノタウロスは沈黙し……
グッゴオオオォォォォォォオオオ!
叫び声を上げる。
「っ!? 引くぞ、マギカ!!」
俺とマギカは、瞬時にその場を離脱。
そして、振り下ろされる斧。
周囲一帯を破壊の渦が巻きこむ。
あっという間にもう一丁クレーターが完成し、俺とマギカは二人でそれを無言で見た。
そして、その中心で不敵に笑うミノタウロスを見て、改めて自覚した。
手数では押している。
だが……それだけだ。
決して、優勢などではない。
俺もマギカも、一撃でも貰わないように神経をすり減らしながら戦っている。
今かけなおしてもらっているマギカの支援魔法を発動するための魔力も、限りがある。
その消耗は、耐久力も攻撃力も備わるミノタウロスとはけた違いとなっている
奴の勝利条件は、死ぬまでにこちらに一度でも攻撃をあてること。
こちらの勝利条件は……奴が死ぬまで攻撃を当て続け、避け続けること。
……このままでは、まずい。ジリ貧になって、負ける。
そう思った俺は、マギカに提案をする。
「マギカ、俺が【第六感】を使って奴の弱点を攻撃する。だから……」
「これからは、アレンの助言なしで、あいつの攻撃を引き受けなくてはならない、ですか?」
あっけらかんと言うマギカ。
「……イリヤは、命を懸けて魔法を発動したんです。私も、命の一つや二つ、預けますよ」
「そうか。助かる」
「……頼りにしてますよ、リーダー」
俺とマギカは、自らの得物を構える。
次の攻防で決めなければ、勝ち目はないと、互いに理解していた。
ミノタウロスがゆっくりと向かってくる。
俺たちもそれを迎え撃つために、歩みを進める。
不思議と、この場にいる全員の息があったような感覚があった。
そして――激突。
ミノタウロスの腕を、マギカの棍棒が殴りつける。
ミノタウロスは負けじと斧を振り下ろすが、それをマギカが紙一重で避けた。
俺は集中力を高めて、敵の動きをかく乱しつつ、要所ではダガーを用いて攻撃を加える。
関節部の皮膚と筋肉の薄く、そして効果的にダメージを与えられる部分に、ピンポイントで。
ミノタウロスの動きは徐々に鈍くなっていく。
しかし、それでもプレッシャーは変わらず。
一撃でも貰えば即死、そのままだ。
もっと深い集中が必要だ。
そして、相手の隙も……。
俺の考えていることが分かったのか、マギカがアイコンタクトを取ってきた。
任せてください
……そんなことを考えているのだろう。
俺は頷いてから、集中力を限界まで高める。
激しい戦闘の音が耳に響く。
しかし、俺の集中力を途切れさせるほどではない。
深く、深く自身のうちに沈み込む。
不要な情報はすべて絶たれ、世界が灰色に染まる。
死の権化であるミノタウロスと、それに比べればよっぽど小さな存在であるマギカを感じる。
モノクロの世界に、見えるはずない赤色が迸る。
マギカの身体が、ミノタウロスに両断されていた。
俺はダガーを握りしめ、駆け出した。
死に際のマギカが、ミノタウロスに向かって突撃する俺に支援魔法をかけた。
まだ前回の支援魔法の効果は切れていない。
魔法の効果は重ね掛けされた。
俺は、嗤う。勝ち目のない戦いに、気が触れたためではない。
【死】が見えたからだ。
それは、斧に身体を両断されたマギカに迫る死であり。
「私の支援魔法が最高にクールだって……こいつに勝って、証明してください、アレンッ!」
死に際の一言。
俺は嗜虐的な笑みを持って応える。
「ったりまえだっての!!!」
極限まで高められた集中力が、ミノタウロスの【死】を見た。
背後から最短距離で、最速で、一直線に。
俺はダガーを突き刺した。
ゴッガァァァァァァァァァァァァァァアアア!!!!!
致命的な傷を負ったミノタウロス。
だが、絶命までには至らない。
俺は手に力を込める。
そのまま……もう一歩踏み込む。
鋼のごとく硬い筋肉をねじ切り、奥へ奥へとナイフを押し込み……。
ッゴッガッアァァァァァァァァァァアアアアア!
そして、心臓を突き刺す。
断末魔の絶叫が轟き、そして倒れるミノタウロス。
その倒れたミノタウロスは、すぐに消えてしまう。
……マギカも、気づけば消えていた。
最後の迷宮に残っていたのは、俺ただ一人だけだった――。




