2、1,000回死んだ冒険者
大部屋の中に一つしかない、小さな小窓から差し込む朝日に目を細める。
そして、改めて自分が死んだときのことを思い出して、少し気分が悪くなるが……それだけだ。
駆け出しのころは起きるたびに最後の光景を思い出してトイレに篭る羽目になっていたが、今さら、死んだくらいどうってことはない。
「つっても、死んだあとはやっぱ気分が悪い気がするわー」
俺はこれまで横になっていた、簡易寝台から起き上がり、固くなった体をほぐすように大きく伸びをして、周囲を見渡す。
ここは『死に戻りダンジョン』の管理運営をしている『ダンジョン冒険者ギルド』が、「死亡してダンジョンから排出された冒険者の肉体を保管する場所」である。
俺は、周囲を見渡す。
この場に、アホ面ぶら下げて寝っ転がっている全員が、「一度入れば攻略するか死ぬまで出られない、世にも奇妙な死に戻りのダンジョン」の攻略を目指し、そして失敗しているのだ。
俺も、またダンジョンが攻略できなかった。
ソロで潜り始めてから、かれこれ3年を過ぎている。
一体、いつまでこんなところで足踏みをしているのか。
……まぁ、失敗したものは仕方がない。
俺は枕元に置かれたナンバーカードを見る。
どういうわけかはわからないが、ダンジョンで死んでも、その間際に身に着けていた装備は生き返った際もそのままなのだ。
その装備は、ギルドが保管・管理をしていてくれて、このナンバーカードと引き換えに、受付で装備を返却してもらえるようになっている。
多くのダンジョン冒険者は、この特性を利用してバックパックにモンスターを倒して手に入れた『魔石』やダンジョン産の希少なアイテムを、自分の死と引き換えに持ち帰り、日々の金を稼いでいるのだ。
とりあえず俺も、今からギルドの受付で稼ぎの確認でもしに行くとしよう。
同じようにダンジョンから死に戻って、すやすやお眠り中の冒険者たちを一瞥してから、部屋を出て行くのだった。
☆
「……その、アレンさん。とても言いづらいのですが……」
「え、何?」
ギルドの受付でナンバーカードと引き換えに装備をと稼ぎの確認をした後。
もう一度ダンジョンに挑戦しようと、馴染みの受付のお姉さんに声を掛けたところ、彼女は申し訳なさそうに口を開いた。
「その、このままではアレンさん、ダンジョンに攻略することが出来ないんです……」
「え!? 何それ!?」
このギルドで受付を初めて、一年足らずの新人受付嬢の彼女は、長い睫毛を伏せている。
俺は彼女に、説明を求めた。
「アレンさんの『ステータスプレート』と、ギルドの記録を確認したところ、ですね……」
受付のお姉さんは、俺が首から提げている、ダンジョンだけで採れる希少な金属を用いて制作された『ステータスプレート』に視線を向けながら、続けて言う。
「ご存じだとは思いますが、こちらのプレートは『持ち主のスキルやステータス、各ダンジョンの挑戦回数』を記録する便利なアイテムです。こちらとギルドで管理している記録を確認したところでは、アレンさんは前回の冒険で1,000回目の挑戦をしているようです、……つまり、1,000回死んだということです」
俺、1,000回も死んでいたのか!?
いや、三年間も死に続ければ、そうなるのか。
……普通にショック。
「それで……重要なのはここからなのですが。『ソロの冒険者は1,000回ダンジョンに失敗した場合、以降は二人以上のパーティを組まなければ挑戦を認めない』と。……ダンジョンの規定で定めているんです」
……つまり。
「はぁっ!? 俺はもうソロではダンジョンに潜れないってことか!?」
「……申し訳ありません。ギルドの規定で定められている以上、そうなります」
なので、これまで通りとはいかないのです。
暗い表情で言う受付嬢に、俺は茫然自失となった。
……そんな、未だ状況を理解できていない俺の耳に、周囲の喧騒が届いた。
「おい、アレンの野郎、ソロではもう潜れないらしいぜ」
「はぁ? もしかしてあの『1,000回失敗の規定』って、マジであったのか?」
「はっはっは、マジっぽいな。、まぁ、アレンの野郎はソロで20階層以降の攻略ができるってんで、最近調子に乗ってやがったからな」
「ああ、いい気味だぜ!」
「なんにせよ、今日は美味い酒が飲めそうだぜ!」
がっはっはと、粗野で耳障りな笑い声が響くギルド内。
その不愉快な笑い声に苛立ち……そして現状をようやく受け入れた。
そして、俺は首から提げている『ステータスプレート』に視線を落とした。
そこに記されているのは……
~~~~~~~~~~~~~~~
NAME アレン
レベル 1
ダンジョン挑戦回数 999回
~~~~~~~~~~~~~~~
「……い、いや待て。『ステータスプレート』には999回としか記載されてない! まだ、ぎりぎり1,000回は死んでない!」
「『ステータスプレート』では、999回までしか一つのダンジョン挑戦回数を記録できないんです。それが一つに指標になって、ギルドの規定もできていたのだと思います」
「う、うそだ!」
「私も、何度も記録を確認しましたが、確かなことなんです。正直、アレンさんのように、ソロでの到達階層が20層を超えるほど優秀なダンジョン冒険者に、他の冒険者と同じように規定を適用するべきではない、と私は上司に掛け合ったんです。……でも、ダメでした」
ごめんなさい、ととても悔しそうに、彼女は言った。
その表情を見て、俺は少しばかり冷静さを取り戻す。
大きく息を吸い込んで、彼女は俺にまっすぐ視線を向けて、言う。
「当ギルドとしては、アレンさんには今後もダンジョン攻略を行っていただきたいと考えています。ですので……ソロの活動をやめて、パーティを組んでください!」
その言葉を受けて、言う。
「ああ、もう! 分かったよ、あんたに駄々をこねてもしょうがねぇし、冒険者を廃業する気もねぇ! パーティを組んで、出直すことにするよ!」
受付嬢は、「冒険者を廃業する気はない」という俺の言葉を聞いて、嬉しそうに笑顔を浮かべながら返事をする。
「はい、それではお待ちしていますね、アレンさん!」