18、なぜダンジョンに挑戦するのか
「大丈夫ですか、ご主人様?」
イリヤが気を使って、俺とマギカに水を差しだしてくれる。
俺はそれを受け取り、一気に飲み干した。
先ほどの小競り合いの結果だが。
ものの見事に俺もマギカもつぶれていた。
吐き戻していないのは、互いの意地でしかなかった。
「へ、やるじゃねか、マギカ。俺としたことが見誤っていたぜ」
「アレンこそ、やるじゃないですか。ただのセクハラ屑野郎かと思いきや、存外骨がありますね」
不敵に笑い、俺たちは互いの健闘を称えあった。
ギャラリーは催しが終わったことを悟り、それぞれのテーブルでまた飲みなおしていた。
「この様子でしたら、懇親会は成功。……ということでしょうか?」
微笑みながら、イリヤは言った。
「そうですね」
マギカは答える。
「そうかもな」
と、言ったところで俺は気づいた。
……成功しちゃあんまり意味なくね? と。
めっちゃ失敗して二人に愛想つかされるのがベストだったのに、畜生。
俺は一人反省する。
俺がうんうん呻いていると、
「大丈夫ですか、ご主人様? 良かったら、解毒魔法を使いましょうか? ダンジョンの中ではないので周囲の魔力が足りず、完璧な効果はありませんが、少しは楽になるかもしれません」
勘違いしたのか、イリヤがそう提案した。
……それはそれでありがたい。俺とマギカはイリヤの言葉に甘えて、解毒魔法を使ってもらった。
おかげさまで万全の状態とは言えないが、それなりに気分は回復した。
「そういえば私は、聞きたかったことがあるんでした」
マギカがかぶりを振って、姿勢を正す。
聞きたいこととは何だろう?
俺とイリヤは互いに頷きあって、マギカに先を促した。
「お二人はどうしてダンジョン攻略に臨むのですか?」
そう問いかけた。
うっわ、普通の質問だけど、イリヤにはしちゃいけない類の質問きたよ。
ま、イリヤも別にホイホイ答えたりはしないだろうけど。
「私は、実は……」
深刻そうな表情で、イリヤは口を開いた。
……あれ?
「……ということで、イービル教の再興を目論んでいるのです」
……あちゃー、止める間もなく全部語りやがったよ、こいつ。
周囲に聞こえたら、やばくね?
そう思っていたけど、この場にいる全員馬鹿な酔っ払いどもだから、聞いちゃいなかった。
それを聞き終えたマギカは……。
「そうだったんですね。……イリヤ、大変だったんですね……。私、イリヤのこと、応援しています!」
涙ぐんでいた。
あ、馬鹿だ。こいつめっちゃ馬鹿だ。
もしかしたらイービル教がどれだけヤバいのかもわかっていないかもしれない。
「ありがとう、マギカ。今日からあなたも、立派なイービル教徒よ」
「あ、それは結構です」
即座に断るマギカ。普通に迷惑そうだった。
これは……やはりイービル教徒のヤバさをわかっていないのかもしれない。
イリヤはショックのあまり白目を剥いていた。
何こいつ、ウケでも狙ってんのか?
「それでは、アレンは?」
そう問いかけられても、俺にはそんな大した目標なんてなかった。
「……冒険者になって成り上がれば。良い女を囲えて、良い酒が飲めて。不自由なんて何もない思っていたんだよ」
良い女、と言ったところでイリヤが頬を赤らめて恥ずかしそうに俯き、マギカが自分の身体を守るように両腕で抱いた。
いや、お前らには絶対に手を出さねぇから。
「……お似合いの理由ですね」
じろりと俺を睨みながら、マギカは呟いた。
「そういうマギカは、どんな理由で冒険者になったの?」
イリヤが問いかけた。
俺はめっちゃ知りたくなかったから、席を立とうとしたのだが。
「アレン、まぁ座って聞いてください。私は、シューバババ村の生まれなんです」
俺の腕を引っ張り、無理矢理椅子に座らせたマギカ。
ああ、こいつの事情に深追いなんてしたくないのに……。
「ああ、あの魔法使いの村よね?」
「ええ、そうです」
イリヤの問いかけに、マギカが頷いた。
この世界で魔法を使えるようになるには、常に魔力が一定以上漂う環境で幼いころから暮らし、魔力の扱いを身体に馴染ませる必要がある。
そして、ダンジョンを除く人が暮らせる場所で、魔力が一定以上ある環境とは、修道院だったり、辺境の山奥だったりする。
イリヤは、おそらくイービル教徒の教会で暮らしていたのだろう。
そしてマギカは、シューバババ村だ。
シューババババ村とは、強力な攻撃を可能とする精霊魔法を扱う優秀な魔法使いを数多く輩出している、有名な村だった。
「……私は、精霊魔法と相性が、とても悪かった。でも、支援魔法の適正は、村一番だったんです。支援魔法が、私は好きです。支援魔法が、私の誇りなんです。……でも、村のみんなはそう思っていない。精霊魔法こそ至高の魔法。それ以外の魔法を使うのは、魔力の無駄。支援魔法しか使えないなんて、魔法使い失格だって、みんな思っているんです」
悔しそうに歯噛みをするマギカ。
「だから、ダンジョンを攻略して。村の皆を見返したいんです。私の支援魔法は、最高にクールなんだ、って。精霊魔法なんかには、絶対に負けないんだ、って」
静かに、しかしこれまでにないほど熱く、マギカは告げた。
俺とイリヤは顔を合わせた。
「精霊魔法が使えない、村の連中とは違う魔法使いだから。魔法少女なんていうわけの分からないものを自称しているのか?」
俺の言葉に、マギカは照れたように笑った。
「……はい、実は。半分はそうなんです」
「……一応聞くけど。もう半分はなんだよ?」
「趣味です」
はにかんだ笑顔を浮かべるマギカ。
19歳の女が、趣味で9歳を自称し、好き好んでフリフリの服を着る。
……アウトではないだろうか?
「……大丈夫、きっと、村のみんなを見返せるわ」
イリヤは俺とマギカの会話などなかったかのように、微笑みを浮かべながら言った。
どこか照れくさそうに笑うマギカ。
彼女は照れ隠しのためだろうか? グラスに注がれたバーボンを一気に呷った。
そして、顔を真っ青にして、急いでトイレに駆け込んでいった。
……ゲロ吐きに行ったな、あのバカ。
「……解毒魔法を使ったとはいえ、万全の状態ではないですからね」
視線を俯かせながら、イリヤはそう呟いていた。




