父上、長いです!
「レイ、この魚をどうするのだ、このまま食べられる訳でもなし、焼かなきゃお腹壊すぞ?」
父ダナが困惑しつつ、魚をつつく。
「父上、失礼を承知で私が先に頂いても宜しいですか?」
元来、料理は家長が手をつけなければ、他の者は食べられない。
「やはり食し方があるのか、分かったやってみよ。」
『祝福持ち』のせいだろうか父の口調が安定してない。
表情が変わらぬよう注意しながら父の勘違いを訂正していく。
「この魚は焦げ目などありませんが、この通り火は通してあります。」
ナイフとフォークを操り、魚を身と骨に取り分ける。
「この様に身と骨を分け、身の部分を本日は2種類用意しましたタレにつけ、食して頂きます。」
ヒェンブルダレにつけて、パクリ。うん、うまい。
態と王都の手前の街で、川魚をおじじに買ってもらい、水温に気を付けこっそり水を入れ替えておいたので、泥臭さもなく魚のいい匂いが食欲をそそる。
そしてヒェンブルダレ、今日は淡白な魚に合わせ塩気弱目、そして魚の内蔵をちょろっと。
更に隠し玉の、まだ熟していないズバイリンの絞り汁に、塩を混ぜ味を整えたもの。
イメージは煎り酒。
いや、ズバイリンのお酒は見かけないし、あったとしてもお酒高いし。
しかし、酸味と塩気でいいバランスになったので淡白な蒸し魚とは…、チョイぱくもぐ。
「少し茶色のものは塩気と辛味があるタレです、赤い方は酸味が強いタレです。」
ズバイリンダレ美味しいけどイマイチだな…、クセのない酒…。いやまだ飲酒できない子供というのもハンデですな…利き酒が出来ない。
夕食の席には、父母・おじじ・兄様・そして姉上。そして何故かマリッタ。
えっと、10匹買って7匹今食卓に。残りは3匹、お代わりは…遠慮して欲しいな…。
うぉ、今回は時間差か。口をもぐもぐさせながら口から祝福が垂れている…。
いつも思うのだが、この祝福のヨダレ部分は私だけが見えているのだろうか…。
誰も気にしてないんだよね。
今度エクリックス様に会ったら聞いてみよう。
うん、賑やかだね~。食卓が賑やかなのはいい事だ。まあグルレポだけどね。
え、聞きたいの?パターン化しているから、スルーしてもいいと思うよ。あ、ダメですか、はい、分かりました。では、どうぞ。
「まず驚いたのが匂い、いやこれは香りだろう。海の魚と違って川の魚は泥の匂いがする、しかしこの魚はしない。逆に木の芽吹いた時、そう春の匂いがする。これが魚の本当の香りだと理解する。そのまま口に運ぶと青々しい青純な香りが鼻を優しく通っていく。
この魚を育てた自然、採った人、ここまで運んでくれた人、調理してくれた人全てに感謝したい。ありがとう。
そして次は『タレ』、ソースのように掛けてあるのではなく、付けて食べる。
茶色いタレ、舌を刺す辛味、そして塩気。魚をつけて食べる。
辛味と共にあった強い香りが、魚の香りと混ざり合いより強くなったこれは清烈。まるで春雷。透き通った香りなのに脳天を突き抜けるような強烈な香り。
次いで味、これはベッタリと掛かったソースには出来ない仕業だ。
一面だけ塩気が有り、他の部分は素材の味を感じる。魚の甘みを感じるのだ。対にする事で両者を引き立てている。
更にもうひとつのタレ、これは…、辛味でなく酸味。
うむ、これも美味い、これは調和だ。酸味と甘味が主張すること無く、仲良くお互いを高めている。美味し、脱帽だ。」byダーナン・シックフィクト
なっが、長いよ父上。最後らへん元気なくなっていたよ、大丈夫かな…。
尋ねる必要はない、耳に入ったからねグルレポ、好評の様でなにより。
ちなみに父とおじじはお代わりした。
もっと買っておけばよかった、ヨラとユリで一匹を仲良く食べてね。
ああ、母上の笑顔で癒される。
「さて、『祝福の儀』のお祝いを上げる前に、私の方がプレゼントされてしまったようだ。」
「お待ちください、父上。まだ私の手番です。ヨラ、ユリ、配膳をお茶と共に。」
蓋を被せた皿を配膳していく。おじじニヤニヤ、私はそれを見てニヤニヤ。
甘い、おじじ甘いよ。私は常に進化しているのだよ。
「『祝福の儀』にてエクリックス様より『マッグル』の名を戴きましたスイーツです。」
父、おじじ、母と順に二人が蓋を開けていく。
ふふ、おじじが目を見開いて居る、私を睨んでも意味はないぞ、おじじ。
「紫色がプルト、黄緑色がラクス、薄い黄色がフリです。ご賞味下さい。」
ラクス、皮がオレンジで果肉は緑の小さい果物。歯ごたえはシャクシャクしている、香りは爽やかな香り。
味は甘味と酸味が程よく有り、食後の口直しに好まれる。
今回はジャムを使用したが、お酒もある。何度も言うがお酒は高いので出来るだけ使わない。
贈答用・予約品なら別だけどね。
薄い黄色のフリ、皮・果肉共に黄色。香りは青々しい爽やかな香りなのだが、味はちょっと甘い、本当に少しだけ甘い。今回は絞り汁を煮立てて凝縮した物を使用し、砂糖は使わず。
実はこの果実、人気がなくて安い。実が大きく収穫量も高いので、生産農家はいるけど半分趣味でやっているらしい。たまたま今日、納品されたので話を聞くついでに買った。
おまけに注文もした。4ロン四方の箱1箱分、10個は入る箱で納品価格は5マブル。
安い、日本円で言うと1個6円?
ちょっと可愛そうなので10マブル渡して1箱注文、大きさを揃えて10個入りにお願いしたので、手間賃と言って渡した。
素材を説明していると、大概いつものパターンは終わる。今回は丁度いい長さだった。
「さて父上、王都周辺で栽培される果物で今回はご用意しましたが、味のバリエーションはまだまだあります。そして今回は基本的な形のみです。もうひとつのタイプは、ここにいる人ではお祖父様・ユリあとマリッタさんですね。三人はご存知です。」
そういえばマリッタさんは、およそ死ぬまでの50年の守秘契約したんだって、おじじもだけどマリッタさんも大概だ。
契約は終了しているので敬称付けますよ?当然です。契約は王都自宅到着まで、今夜は泊まっていくのかな。
父は頭を抱えている、どうしたのかしら。
「先代、これはちょっと事が大きすぎやしませんか。どう扱えばいいのか困ります。」
「簡単な話だ、加工食品部門の建ち上げだと思えば良い。実質は子会社、将来的には兄弟店、規模は抜かれるじゃろうけどな。
そして代表は『レイルズ』これは外してはならん、『マッグル』を販売できなくなる。そして相談役として儂が立つ。」
間髪入れずにおじじが返答、そしておじじまさかの現役復帰?
「お祖父様、よろしいので?」思わず確認してしまう。
「老い先短いが、孫に感謝されるのは悪くないしの。」照れ臭そうに笑うおじじ。
『祝福の儀』前夜の事だろう。私も恥ずかしかったが、本当に感謝していたので、伝えたかった。
思い出して私まで照れてしまう。祖父と孫で照れ照れ。
ユリを紹介し一旦下がらせる。
「父上、細かい話は明日にでも、しばらくは今夜お出しした3種類で行きます。誰も見た事のない食べ物になりますので、味見をして頂き体感して頂くと共に口コミを狙っていきます。そして、数量限定です。作る人間が居ないですからね。絞らないと無理です。」
初日は三種類それぞれを1枠分作って、様子見かな。
陽の当たる所だと1日でダメになってしまうが、湿気の少ない冷暗所なら7日間持つのだが香りが飛んでしまう、製造後3日を賞味期限と見た方がいい。エクリックス様との約束もある為、自己消費か下げ渡しになると思う。
いろいろ試したい事もあるし、奉納にも行かねばならない。上手く立ち回らねば。
「私は店で場所を貸すだけでいいのか。精々、興味を持った人間に味見させるだけか。」
気が軽くなったのか、父が頬を緩め軽くつぶやく。
「そうなるといいのう。」言葉短く、おじじがにやにやしつつ父に返す。
…フリだけでも、2枠に変えよう原価安いからね。
商売の話であることから、口を挟めなかった兄達にも感想を尋ねる。
「どれも美味しかった、私は魚がとても気に入ったよ、茶色い辛いタレが特に。」と、ナセル兄。
「私はプルトの甘味が気に入りました。酸味と甘みのバランスがよく、サクサクした食感も素敵でした。」母上も素敵です。
「魚は苦手でしたが、酸味のあるタレでとても美味しく頂けました。甘味はどれも美味しかったです。」魚…泥臭くてダメな人は多い、美味しく食べて頂けたなら嬉しいです、姉上。
「今日の夕飯は、サワヘでお土産を手に入れることが出来なかったので、代わりというわけではありませんが頑張らせて戴きました。」
お気に召して頂き、恐悦至極。と態と畏まって一礼。
「それにしてもどこでこの「ナセル控えなさい。」りょ…失礼しました。」
母上が控えめながら鋭く諌める。
「兄上、いずれ時が来ましたら父上からお話されると思います。」
父上に丸投げ。兄上にどこまで話していいのか判断できないし、タイミングもあるだろうしね。
「それで兄上、夕食前の話なのですが、簡単に済みますので今でもよろしいですか。」
「ああ、色々あって忘れていたよ。すぐ済むなら構わないと思うよ。」
了承を頂いので、希望を伝える。
「兄上が基礎学校で使っていた、教材が欲しいのです。」
教科書とかあれば嬉しいな、授業をまとめたノートも大歓迎ですよ。
「予習をしたいという事かな、2年までの分なら直ぐに渡せるから後で届けるよ。」
よし、これで少しは一般常識が手に入る。
「有難うございます、入学まで頑張って勉強します。」
「頑張ってね、判らない所があれば聞きに来るといいよ。」
流石です兄上、頼りにします。
おじじの私を呼ぶ声が。
「明日商業ギルドに向かうので、修了証書と紋標を用意しておく様に。」
忘れていた。でも、神殿から通達が行っている筈なので、大丈夫だろう。
そろそろ眠くなる時間なので、お暇の挨拶をし、ヨラ達に会うべく厨に向かう。
「お疲れ様、皆気に入って頂けたみたいだったよ。ヨラとユリはどうだった。」
試食を終え、明日の準備か薪の搬入をしていた二人に声をかける。
「お疲れ様ですレイルズ様、お魚美味しかったです。お肉じゃなくても合うのですねヒェンブル。私はズバイリンがお魚には合うと思いましたけど。」
蒸し魚には、酸味が合うと思うのは私も同意だ。
姉上も気に入った様だし試して良かった。
「私は、魚は茶色いタレが好きです。辛味もそうですが、ちょっと苦味があるのが味を鮮明に感じられ美味しいと思いました。」
ほぅ、中々味覚が良さそうだな、生臭さが出ない様にほんの少し混ぜただけだったのに。
「いずれ二人にはそれぞれ作れる様にして欲しいと思っている。今後も機会があれば肉料理・魚料理・野菜料理と作るつもりなので宜しく。」
うん、期待に満ちたいい目だ。『美味しい』はモチベーション維持には有効だしね。
「それで明日からなのだが、僕は商業ギルドと神殿に出かける予定だ。二人には今日作った『マッグル』をフリは2枠分、プルト・ラスクは1枠分作って欲しい。」
「あの、レイルズ様、今日はお砂糖を使いませんでしたがなぜでしょうか。」
おずおずといった感じでユリが訪ねてくる。
「ユリ今日作ったのは実際に明後日から店頭に並ぶ、全部売れるとは限らないよね。」
一瞬おじじのニヤケ顔が頭に浮かんだが、あえて無視する。5歳児に商売勘などあるはずない。
「お客様も食べれば皆さん、買い求めると思うのですけど・・・。」
う~ん、これは宿題かな。
「ユリ課題を与えます。僕はプルトマッグルを、1ケ13マブルで販売するつもりです。これは適正価格なのか、そうではないのか。」
うん、考えていなかったみたいだね。商人の道は長く険しいよ。
「材料は全部わかるよね、もちろん仕入れ値も。課題達成はプルト以外の2種も適正価格を提示して欲しい。期限は設けないから、マッグル制作の空き時間にでも考えてね。」
サワヘではあんまり触れてなかったのかな…。
「ヨラはマッグル習得を最優先に、一日も早く覚えてね。しばらくは同じ物のみを作るからヨラならきっと覚えられるよ。」
「分かりました、レイ様。期待に応えられる様頑張ります。」
うむ、功夫は大事じゃぞ。
明日はよろしくといい置き、私は自室に向かう。
あ
「ヨラ、お湯を自室に運んで。僕もう寝るから。」
部屋付き、兼任は難しいかも。
お読み頂き有難うございます。