閑話③ マリッタ・ハーパネン
「護衛対象は今回『祝福の儀』を受ける5歳児との事、あまりいかつい男が行っても怖がるだけだと思ってな。」
師匠から呼び出され話を伺うと、およそ半月の間、護衛の仕事を請けてくれないかとの事だった。
「お断り出来るなら断ります。」直様返答する、貴族は面倒だ関わりたくない。
「断ってもいいが話は聞いたほうがいいぞ、まず護衛対象は貴族ではない、商人だ。」
貴族じゃないのか、でも商人でも大商会だろう面倒さは同じ様な物だ。
「身辺警護になるので受けた場合は、期間一杯住み込みで食事も出る。」
条件を伝えて来るが私は受ける気はない、師匠には悪いとは思うが。
話は続き、事情を無理やり聞かされることに・・・、
「それはあまりに非道です、許される事ではありません!」
幼児に成人男性が襲いかかるなど、そんな恥知らずがこの世に居るとは、思ってもいませんでした。
「え、棒で突きを放つ?肘と手首、こうでしょうか?違う・・・手首痛めそうです。」
「義理とは言え叔父でしょう、嫉妬で足を引っ張るなど!」
なんと言えばいいのか、波乱万丈を地で行く子ですね。
「師匠、幼児が扱えるような棒で成人男性を2発で倒すことは可能ですか?」
幼児が操れるとなると短く軽い物になる、精々4ロン(48cm)だろう。
あ、3ロン位?それは流石に・・・。
気が付けは話に引き込まれ、前向きになって結局引き受けることに為った。あのおじさんの話、身振り手振りで面白いんだもの。
翌日、店で待っているとおば・・・お姉さんを連れて、ちっちゃな男の子が歩いてくる。(一瞬殺気がおば姉さんから感じた今も殺気が!)
ブラウンの柔らかそうな短髪をした子、ブルーが入ったバイオレットの瞳が然り気無く、私の獲物を確認している。
昨日襲われて神経質になっているのかな・・・、ここはひとつ優しいお姉さんを演じようじゃないか。
「おはよう、私はマリッタ 友人にはマリーと呼ばれているわ。今日から行動を一緒にするので頼りにしてくれると嬉しいな。」
出来るだけ自然に笑顔を作る、楽しい事を思い浮かべながら。
「お早うございますマリッタさん、窮屈な思いをさせる事になるかもしれませんが宜しくお願いします。」
くっ、自己紹介も返さないで大人のような口調で返された。しかも・・・マリーでいいのに・・・子供だから遠慮しなくていいのだよ?
なんか、正直な所見た目と気配に違和感がる。
背中を向けた瞬間に感じたのは峻険な山のような気配、大きくなんでも受け入れるが厳しく険しい。
思わず振り返りそうになるのを、護衛の仕事に集中してなんとか、思い止まる事が出来た。
あんな気配、大人だって出せやしない。思ったよりも面白そうな仕事になりそうだ。
今更ながら、この仕事を受けてよかったと思った。
自然と出てしまう笑顔を向けながら、レイルズ君を観察する。
大神殿に向かうからか緊張して顔が若干引きつっているのは、年相応で可愛らしい。
そんなことを思いながら観察(観賞)していたら、何やら薬草がどうとか、ヨスミに爪を立てるとか要領を得ないことを話し始める。そんなことよりお尻の下の袋なに?
どうやら仕事の話らしいが・・・、
「ご隠居、自分は隠居してこんな子供を働かせているのですか?」
子供はもっと大事な時間があるだろう、友達と遊んだり 勉強したり いたずらだって大事な思い出だ。なんか弟を思い出してしまう。
「マリッタさん、僕を心配してくれての発言だと思います。有難うございます。」
む、また子供らしくないこと言っているけどそんな所も可愛い、でもなんか悪寒がする。
「ただ僕がこうやって仕事をしているのは僕の我儘なのです。僕自身やりたい事があり、お祖父様を巻き込み付き合って貰っているのです。」
弟もまだ小さい時は「ねーちゃん、ねーちゃん」言って後ろを付いて来たけど気が付けば付いてこなくなっていて少し寂しかったな・・・。
「父や祖父を見て、同じ仕事をしたいと思うのは不思議じゃないでしょ?」
と、にっこり笑う
ほぅわ、なにそのちょっと男臭い笑顔は!キュンってきた、今キュンってきたよ。あ、鼻血出る
か・可愛いなぁ~、「お姉ちゃん」って、読んでくれないかな~。ぐへへっ
はっ、レイルズ君と「あーん」し合っているのを想像していたら、いつの間にか大神殿到着。
そしてしばしの別れ、おねえちゃん待っているからね。
やっぱり男の子だからムキムキにならない程度には鍛えないとね、それに三男坊らしいから今後の為にも色々教えてあげよう、もしかしたら冒険者になるかもしれないし。
もちろんその時は「姉」として、同行しなくちゃね。成長したレイルズ君・・・グヘヘ。
とてもぐったりしたレイルズ君が戻ってきた。
話長いのよね神官っていう職業の人たちは、5歳児が耐えられるわけないじゃない。少しは遠慮しなさいよね。
帰りの馬車でルインズ君はずっと窓の外を眺めていた・・・、お姉ちゃん心配。
帰宅後、早く休めと言われていたにも関わらず厨に向かうという、そう言えば「ユリ」の様子を、とか言っていたよな・・・。
厨に入ると髪の毛と口元を隠したいかにも怪しい人物が近づいてくる、レイルズ君はお姉ちゃんが守る!
自分でも驚きの反応で、前に出ると短槍を向ける。
・・・反応が・・・素人?しゃがみこんで頭を抱え込んでいる。
手で合図しながら「僕専属の従業員です、あの格好は食べ物に余計なものが入らない様にしているだけです。」と、レイルズ君。
仕事として食べ物を作る人って、あんな格好するものなんだ、知らなかったとは言え悪いことしたかも。
「そういえば昨日、護衛の人が付くって言っていましたね。初めまして私はユーリ・アンデと申します、先ほどレイルズさまが仰られた様に専属です。短い間と聞きましたが、宜しくお願いします。」
立ち直りが早い、見所があるわね
ユーリちゃん・・・成人間もない感じかしら。
口当てを外した彼女は、瞳が緑色のなかなかに可愛い女の子だ。
口ぶりや視線からは、レイルズ君にそれなりの敬意を払っている。三男坊とは言え迂闊な者は傍に置かない、か いや、護衛を付けるくらいだ、当然かも知れない。
うん、敬意以外の感情は見られない まぁ、そうだとしても身分差がある、大丈夫だろう。
そう、レイルズ君のお姉ちゃんは私だけで十分だ。
レイルズ君の紹介を受け、挨拶するお姉ちゃんとして不甲斐ない処は見せられない、表情を引き締め先ほどの非礼の謝罪も合わせ挨拶する。
「驚かせて済まなかった、マリッタだ。今回は個人的に仕事を受けたが、冒険者ギルドに登録する冒険者でもある。こちらこそ宜しく頼む。」
謝罪したらユーリちゃんに睨まれた。なぜ?
『マッグル』・・・食べ物らしい、レイルズ君が満足そうに目を細め頷いている。
食べたい・・・あれが『マッグル』、なんと素敵な色合い、少し透明感のある赤紫の『マッグル』そしてもう一つの少し黄味がかった白と濃い赤のジャム、そして真ん中の真っ白なマッグル、豪華にマッグルでジャムをサンドしているようだ。
あぁ、言葉が足りない 説明できない あの素敵な食べ物を私では言い表す事が出来ない。
自分の未熟さは認める、だが だから マッグル食べたい。
マッグルの素晴らしさ・素敵さを讃えたいのだが、言葉が出ない。そして食べた事はないのに「食べたい」と、食欲が訴えて頭の中はぐちゃぐちゃだ、いやこれは『マッグル』の魅力に私が耐えられないだけだ。
そんな私達を見ても顔色一つ変えずに、レイルズ君はご隠居に質問を・・・
ほわわぁわ、くるくる回ってレイルズ君はお姉ちゃんをどうするつもりなの、もう限界よ。極度の興奮で、こっ呼吸が乱れる、ダメだ こんな所で鼻息荒くしたら変態お姉ちゃんになっちゃう、レイルズ君に避けられてしまうかもしれない
周囲にバレぬよう深呼吸をし、レイルズ君から視線を少しずらす。
平常心・平常心 心の中でお祈りの文句のように唱えながら、自分を落ち着かせる。
あれ?え~と、確かマッグルを好きにしていいと言われて・・・うん、口の中に残滓がある。
口に入れた記憶はある、味も思い出せる、だけど口に入れた後は先程 ふっ と夢から冷めた瞬間のように、気がつくまでの間の記憶がない。
あれは、『マッグル』は幸せになれるけど危険な食べ物だ。
その後レイルズ君は自室で休む様で退室していき、私もそれに続こうとした処でアンさんに部屋の案内をすると言われ、店の事務所に預けておいた荷物を引き取り、レイルズ君の隣の部屋に入った。
荷物を置いた後、建物内部と敷地内、そして周辺 特に逃走経路は想定しなければいけない。
そっと身を隠し逃げ出す、或いは一刻も早く逃げ出せるように。
幸い護衛対象のレイルズは子供、いざという時は抱えて逃げ出すことは可能だ。
レイルズ君の『祝福の儀』、まあ無事に子供になったお祝いだ、そろそろ時間だ。
レイルズ君を起こしに行くユーリを見かけ、自分が起こしに行くといったのだが・・・「マリッタ様はお客様です。お客様にそんな事をさせては、私が怒られます。」と言われては引くしかない。
くっ、寝顔を見られるかと思ったのに。
何やら部屋で騒いでいたが、王都に行く旅の間に見られるかも知れないと、想像を膨らませていた私には聞き取れなかった。
おめかししたレイルズ君はカッコ可愛い、ちょっと不機嫌そうだけど。
何事もなく、祝いの宴は始まり私も軽くお茶と食べ物を口にしながら警護を務める。
どうもおかしい三男坊とは言え、祝いの宴の主役だ、挨拶に来るのが礼儀だろう。
それなのに遠巻きに見て、近づかない者達がいる。
私がここに居る理由を考えれば自ずとわかる、ご隠居が獲物なしで大丈夫か聞いてきたが初めから分かっていただろうに・・・、私があの道場で習っていたのは素手で、武器を持った暴徒を鎮圧するために磨かれた技術だ。
元々は神殿騎士団で生まれた物らしいが、今では衛兵が主に学んでいる。
先日の話も暴れたのは従業員、同じような輩が居てもおかしくはない。
ほどよく気分がほぐれ腹も落ち着いた頃、いよいよ『マッグル』の登場だ。
そっと静かに従業員の前で話す、ご隠居にレイルズ君が近づく。
それから後は・・・、本当に5歳児なのだろうか・・・?
私は一部始終この目で見ていた、強請る様に私の短剣を持っていき・・・その際「隠している武器、あるでしょ?」と言われた時もびっくりしたが・・・『魔法』を使い足止めし、前転して背後を取ると、躊躇う事無く膝裏から腰までを切り裂いた。
事の始まる前の啖呵もすごかったが、比じゃない。
普通の子供なら、刃物を持つことに怯え、人に向けることを忌諱し、人に突き立てるなど考える事も出来ないだろう。
あの子は・・・普通じゃない。異常と言っても良い。『マッグル』もそうだが・・・『神童』・・・か?
少なくとも神殿で『祝福の儀』を受けた事は間違いない、自分の目で見送ったのだ邪な存在だということはない。
きっと『神童』とか『天才』なのだろう、守秘契約が厳重だったのも納得だ。
普通は3年~5年位だが、今回は50年だ、内容も口外一切厳禁。後ろ黒い事でもあるのかと疑ったとしても私は悪くない。まあ、杞憂のようだが。
うん、さすが私の弟だ、後で褒めてあげよう。
尋問に同行していたら『英傑』と商業ギルド長が来て内通者を連行した後は急展開だった。
警戒しながら夜を過ごし、明けて昨日包囲した内通者のアジトの商館、背が低くなってボロボロで今にも崩れ落ちそうだった。
流石と言えばいいのか『英傑』またの名を『人類最強』とは、よく言ったものだ・・・。人間に出来る事とは思えないけどね。その日はそのまま帰宅した。
帰宅後、昨日の捕縛術について尋ねられ「ついにおねえちゃんに興味が!」と思い、上機嫌で基礎から私の習得出来ている奥義一歩手前の技まで、全部話してしまった。
レイルズ君も興味深そうに聞き入り、実演してみせたら真似し始めたので手取り足取り・・・ぐへへ・・・レイルズ君柔らかくていい匂い、ぐへへへへ。
それにしても『神童』とはこれ程のモノなのか・・・、少し触りを教えただけで理を理解している。流石私の弟だ、お姉ちゃんの教え方も良かったのだろうけど。
しばらく外出を控えるように言われたらしい。
昨日はお休みしていたユーリちゃんと『マッグル』の感想をまとめたが、直ぐに終わってしまった様で、昨日に引き続き今日は槍術を教える事に。
レイルズ君はどこからか持ち出したのか、私の獲物と同じくらいの棒を携えていた。
私の修めた術とは似ている様で違う術理があると思う、そんな動きと技を見せてくれた。
基礎体力は年相応なのか直ぐに息切れしていたけど、流れる様な美しい動きだった。
どこの流派で誰に習ったのかを問うと、「えっと、ま・マエダ流棍術・・・かな?」
なんでも前田某と云う、もういない人から教わったらしい。
残念だ、私も教えを請いたかった。
槍術との違いは殺傷力の軽重、槍術は刃を当てればそれだけで傷つけ行動を鈍らせることができるし、命を奪うことも容易い。
対して棍術は、棍の材質が軽いものである限り、一撃必倒は難しく多撃必倒となる。
つまり連撃が前提、レイルズの体を中心に棍が上下左右・四方八方に走る。
棍は刃がないただの棒だ、だから刃先も石突もない、なれど棍全部を武器とする、実に奥深い術だ。
私は頭を垂れ、弟子入りを志願した。
レイルズ君と今後も!とか思ってないよ?ぐへへっ
お読み頂き有難うございます。
マエダ流棍術は槍術・棒術・杖術そしてアニメや格闘ゲームがごちゃまぜの「なんちゃって」です。
第一章の閑話はこれにて終わりです。マリッタさんにツッコミを入れるのを我慢するのが大変でした。
次話から第二章となりますが、レイルズ君の世界が広がると設定の量が凄い事に・・・。
ハイファンタジー、パないっす
先達の方々には本当に頭が下がります。