幸せな嘘
「星が綺麗だね」
弟は微笑んで言った。
私は決まってこう言う。
「本当ね」
「花がいい香りだね」
弟は微笑んで言った。
私は決まってこう言う。
「本当ね」
「空が澄んでいるね」
弟は微笑んで言った。
私は決まってこう言う。
「本当ね」
「風が涼しいね」
弟は微笑んで言った。
私は決まってこう言う。
「本当だね」
あるはずなど、なかった。
青白い頬。
紫色の腕。
力無い体。
綺麗な星など、どこにもありはしない。
無機質な蛍光灯のみ。
いい香りの花など、どこにもありはしない。
殺菌された匂いのみ。
澄んだ空など、どこにもありはしない。
白い天井のみ。
涼しい風など、ありはしない。
閉めきられた窓のみ。
「お姉ちゃん、ほら、蝶がやってきたよ」
光さえ捕らえない目は固く閉じられている。動かない腕は、指先だけが微かに動いている。
「捕まえた。見て見て」 弟の表情は、なんの感情も表していなかった。口がぱくぱくと、奇妙な人形のように上下するだけだった。
「本当ね」
私は言う。
弟は目を覚まさない。
ある日、私と弟はこっそり出掛けた。閉じ込めるのは、あまりにも可哀想だから。まだ自由だった頃の遊び場、河原へ行った。
私は握っていた手を離した。弟は駆けて行った。私は追いかけたりなど、しなかった。
手元に残ったのは、空っぽのガラス瓶。
雨が降り始めた、真冬の空は濁っていた。
とうとう、弟は何も見ることが出来なかった。
私の嘘さえ見抜けず。