第2話
「おや、もう起きたのかい随分と今日は早いじゃないか」
ばっちゃんにそう言われると我ながら随分と早く目覚めてしまったとキミチカも思いながら
「おはよう」と挨拶をし顔を洗いに行く。
翌朝になってどうにも落ち着かず早く起きてしまったのだ。
ここはばっちゃんの家だ。
今はキミチカと二人暮らしをしている。
キミチカの両親は不慮の事故でキミチカがまだ小さい頃に亡くなってしまったためだ。
不幸な事故だった。
15年ほど前になる。
突如として街に大量の魔獣が押し寄せたのだ。
当時セントラルからの駐留兵により大半が倒された。
しかし、襲われ重症を負ったもの、命を落としたものは大勢いた。
その中にキミチカの両親とじいちゃんもいたのだ。
キミチカの両親と一緒にいたじいちゃんは重症を負ったが命に別状はなかった。
足の骨を折りしばらく動けなかったがなんとか助かった。
そうして身寄りのなくなった俺をじいちゃんとばっちゃんが引き取ってくれたのだ。
両親がキミチカのために、と貯蓄し残しておいた財産で今は学院にも通えているし、
毎日じいちゃんに鍛えてもらったおかげで剣の腕もかなり上達した。
しかしそのじいちゃんもちょうど一年ほど前に亡くなってしまった。
顔を洗い終えた仁義はじいちゃんの写真に手を合わせていた
医者が言うには昔受けた怪我のダメージが大きく、かなり体力が落ちていたそうだ。
正直、よく今まで普通に過ごせていた。と驚きを隠せない様子だった。
それもその筈である。
前日までキミチカの鍛錬にみっちりと付き合っていたのだから。
最後にじいちゃんはとても満足そうな顔をしていたようにも思えた。
「いいか、キミチカ。剣はただ闇雲に振るもんじゃない、誰かを守るために振え」
それがじいちゃんの口癖のようなものだった。
おかげで学院では落ちこぼれにならずに済んだしキミチカ自身の教訓にもなっている。
カンッ―――
鉄と鉄のぶつかるような音が周囲に響く
キンッ―――
ジリジリとぶつけた刃で鍔迫り合いになった。
「じいちゃん、俺もかなり強くなったし今日は勝たせてもらうぜ」
自信に満ちた言葉と強い押しに生意気だと思いながらなんだか嬉しくなっていた
「なんの、年寄り相手にそこまで本気とは笑わせるな。もっと年寄りを労わらんかい」
そう言うとキミチカを押し返し、力強く跳ね飛ばす。
が、着地と同時に懐に飛び込んできたのだ。
「これならどうよ!」
「なっ」
一瞬驚いたがそのまま拳を大きく振り下ろしキミチカの顔面に向かって放った。
「甘いわぁ!」
ドーーーーン!!
何をしたのか、地面がひび割れた
「くっ・・・」
間一髪で凌いだキミチカは間を置いて仕掛ける隙を伺っている
『剣はただ闇雲に振るもんじゃないと言ってるだろう』
「あぁ、わかってる。わかってるけど今は俺が守ってやりたいものがない」
「なんでもいいのさ、ばっちゃんでもいいぞ」
とか言ってからかわれた。
「まぁ、心配しなくてもそのうちできる。キミチカ、今日はここまでだ。休憩するぞ」
「ちぇっ結局一本も取れなかった。」
キミチカはとても不満気だったがそろそろスタミナの限界だったので正直たすかった。
「二人を守れなかった責任はこれで果たせたのか・・・」
「じいちゃん何か言ったか?」
「なんでもない、年を取ったら何事にも掛け声が必要なんだよ。」
最後何かつぶやいていたような気もしたが気のせいだったようだ。
「じいちゃん、今日も行ってくるぜ」
キミチカはそう言うと朝食を済ませ学院へ向かった。
ガチャ―――
「おや、お目覚めかい」
コクコクと少女は首を縦に振った。
「きみちか・・・」
寂しそうな声でキミチカの名前を呼ぶ。
「あの子なら学院に行ったよ。」
つまりここにはいないということらしい。
「がくいん・・・」
「あんたのことはまだ寝てるみたいだからゆっくり寝かせてやってくれって言われたからねぇ」
シュンとしまった。よほど寂しいらしい。
ニコニコッとコロナに向かってばっちゃんが言葉をかける。
「あの子お弁当忘れて行ったんだけど、届けに行くかい?」
するとパァーーっとコロナの表情が明るくなり先程より強く首を縦に振った。
キーンコーン
授業の終わりのチャイムが学院に響き渡る。
「あ・・・」
カバンの中を漁るキミチカの様子を不思議に思った女子が話しかけてきた。
「どうしたの?チカくん」
同じクラスのシャーリー・サマンサだ。
彼女はクラスの女子の中では大人しめで男女関係なく誰にでも優しく接してくれる
いわゆる全男子生徒の癒しの存在である。
付いたニックネームは『輝きのシャーリー(シャイニングシャーリー)』
もちろん本人はそんな風に呼ばれているなんて知る由もない。
「シャーリーか。弁当忘れちまったみたいだ」
まぁ大変と口に手を当てとても可愛らしいリアクションだ
「私のお弁当分けてあげましょうか?」
それはありがたい、が流石に女子の弁当をもらうわけにはいかない。
素直に購買でパンでもと思ってたら横槍が入った。
「シャーリー。あんまりチカを甘やかすなよ。」
「カズマか。シャーリーは親切で言ってくれてんだよ」
そう言って声をかけてきたのはカズマ・シルヴェスターだ。
人当たりがよく爽やかな好青年で女子の間で人気がある。
こいつとは付き合いが長くいわゆる悪友と言っていいほどの仲だ。
そして、俺のことをシャーリーと同じようにチカと呼んでくる。
「カズくんにはこの前卵焼き取られたよぉ」
「俺からはいいの。お前が言い出すと半分以上渡しかねないだろ」
カズマのやつちゃっかりしている。
「ありがとなシャーリー。じゃあ俺購買行ってくるわ」
と席を立ち、教室から外にでようとした時だ。
「あれなんだ?門のところ」
「あ、ほんとだ」
「なに?女の子?」
なにやら騒がしい
「銀髪の美少女だ!」
銀髪の美少女・・・・
キミチカには心当たりがあった。
まさか―――
窓側まで急いで移動し嫌な予感もしつつ様子を伺った。
―――やっぱりコロナか!―――
内心ヒヤヒヤしながら急いで教室を出た。
ダッダッダッダッ
滑るように階段を駆け下りキミチカは生徒たちの群れを避けつつ門へ走った。
はぁはぁはぁ。
息を整えつつ門に到着するとすでに教官が数名取り囲まれあわあわした様子のコロナがいた。
教官の中によく知った人物がいたのが目に付いた。
「アマレット教官あの・・・」
と言いかけたところで近づいて来たことに気づいたアマレット教官が問いかけてきた。
「おぉ、クサナギか。この娘は君の知り合いか何かか?」
事情を事細かに説明しようとすると、どうやらコロナもキミチカが近づいてきたことに気づいたらしい。
「きみちか!」
おいまて!と他の教官たちが手を伸ばすがアマレットが静止させる。
はぁ、とため息混じりにアマレットがこの場を仕切りながら尋ねてきた。
「その娘はいったい何者だ?君の家族は現在祖母だけのはずだ」
これ以上ややこしくするのは正直面倒だ。
ここは観念するしかない。
「記憶喪失だと?」
キミチカは先日のことを淡々と説明した。
特に隠すことなどない。
仁義にもそれ以上の情報がないのだから。
アマレットも最初は冗談だと思っていたようだが、どうにか信用してくれたようだ。
「その娘を君はどうするつもりなんだ?嫁にでもするか?」
アマレットが冗談めいた笑みを浮かべながらキミチカをからかう。
「冗談はやめてください。この子は記憶がないんですよ。」
キミチカの腕に抱きついたコロナを見ながらアマレットが言う。
「ああそうだな。しかし、かなりスタイルもいい随分となつかれているみたいじゃないか」
確かに、確かにそうだ。
コロナは手足も細くスタイルもいいし、胸やお尻も発育が悪いわけではない。
むしろ良すぎるくらいだ。
「だからと言って記憶が戻るまで面倒見るつもりか?」
「助けた手前それくらいは手伝ってやりたいんですよ」
ほほう、と関心しているのかアマレットは一つ提案をしてきた。
「この子、ウチの生徒にしてみてはどうだ。」
は?
いきなりの提案に驚いた。
「なんだ、そんなに驚いて。機関にでも渡すと思ったのか?」
その通りだ、てっきり国の保有する機関に引き渡す。
そうでも言い出すかと思っていた。
「私がそんな人間だと思っていたのか君は?」
「はい。」
とうなづいた瞬間鈍い音と共に強烈な痛みを伴った。
ガツンッ―――
思いっきり殴られてしまった。
「いいか、得体の知れない状態で彼女を引き渡してみろ、ますます怯えさせることになる」
それに、と付け加えたように口を開き
「彼女、追われてたんだろ?」
フンフンとコロナが首を縦に振り相槌をうつ。
そうだ、最初にコロナは言っていた。
悪い奴らに追われていて逃げてきた。と。
「なら尚更ここに置いたほうが身の安全は保証される。」
「アマレット教官・・・」
「なんだ、今更感謝する気にでもなったのか?ふふんいいぞいいぞ」
上機嫌なアマレットをよそにキミチカは考え事をしていた。
一緒に通わせてくれるってことはわかったが編入するにしたってどうするつもりだ。
そんなことを考えているとあることに気づいた。
「コロナその鞄どうした?」
コロナはタスキ掛けの鞄を身につけていた。
言われて思い出したのかコロナが鞄から包を取り出した。
「きみちか、おべんと、わすれた」
「おお、ばっちゃんの弁当。持ってきてくれたのか」
弁当を受け取ったところで時計を見ると昼休みの終わりまで5分も残っていなかった。
「時間もないしこの続きは放課後にするとしよう、その間私がその子の面倒を見てやる」
このまま教室に連れて行くわけにもいかない。
仕方ないと思い教官にその場をお願いして教室に戻ることにした。
「きみちか・・・」
コロナが心配そうな声で訴えかけてくる。
「心配することはないさ、教官なら大丈夫だから」
コロナの頭にポンッっと手のひらを乗せ言うと
「待ってる」
と一言だけ言ってアマレットの手を握った。
「じゃあ教官お願いします。」
「あぁ、また放課後な」
教官に任せ教室に足を運んだ。
午後は実戦の授業で模擬戦をすることになっていた。
このユリウス士官学院では戦術理論や魔法学、アトリビュートに纏わる文学的なものと、
対魔獣用に組まれた実戦形式の訓練がある。
先ほどのアマレットは戦術理論の教官である。
訓練と言えど実戦形式なので気を抜くわけにもいかない。
実際に各々のアトリビュートデバイスで訓練を行う。
キミチカのようなソードタイプの他にもガントレット、バレット、ランス、ハンマー、etc.
もちろんそれぞれリミットが設定されているが油断するともちろん軽い怪我ではすまない。
この日はスリーマンセルでのフィールド制圧型の訓練だった。
ルールは簡単。三人を一つのチームとし、相手チームの陣地にあるフラッグを奪取する、もしくは
相手チーム三人が戦闘不能にしたチームが勝利となる。
「今日はC組と合同か。」
「なんだよ、あからさまに嫌そうじゃないか」
はぁ、とため息をつくキミチカにカズマが話しかけてきた。
仁義たちはD組つまり隣のクラスというわけだ。
「C組っていうと、ほらあいつが」
「あ、あぁいつものか」
カズマは同情するようにキミチカの言いたいことを察した。
すると教室の入口に一人の女子生徒が立っていた。
「クサナギキミチカぁぁぁぁぁあ!!!!」
とキミチカを呼ぶ、否。呼び出す怒鳴り声が飛び込んできた。
「やっぱり・・・」
仁義は肩を落とした。
「今日こそは負けないわ!せいぜいチームメイトの足を引っ張らないことねっ!」
「はいはい」
キミチカは面倒くさそうに相槌をうった
「いい気になってるのも今のうちよ!今に見てなさい!」
そして高笑いしながら嵐のような女子生徒は去っていった。
訓練場に向かいながら先ほどのやり取りに付いてカズマと話をしていた。
「やっぱり彼女だったか」
カズマが予想取りと言わんばかり一部始終の様子を伺っていた。
「あぁ、C組のヴィヴィアンだよ。ヴィヴィアン・オズバーン」
「キミチカはほんと好かれてるよな彼女に。」
「やめてくれ、そういうのじゃない。どうも俺のことが気に入らないらしい。」
「ほほう、してその理由は?」
カズマは疑り深く理由を聞いてきた。
「いつも順位が上なんだと」
「彼女が?」
「俺が」
ふぅ~んというような顔でカズマは聞いている。
「で、なんで彼女が?別に成績上位なんて他にもいるだろうし」
「それがな、なんというか。」
「なんだよ、歯切れが悪いな。」
何とも焦れったい。
「毎回毎回俺のほうが一つだけ順位が上なんだよ。」
「毎回か?でもその気になれば彼女だって努力するだろうし抜かれることもあるだろうに」
「そうなんだが、運がいいのか悪いのか、そういう時に限って俺が得意な分野だったりするんだよ」
「それで抜こうにも抜けないから実践で直接潰すってことか。」
「だろうな、なんでこんな目に」
説明し終わると一気にだるくなった。正直面倒だ。
「でもいいんじゃないか?」
何がだよと思いつつカズマに尋ねる。
「どういう意味だ?」
「悪い意味じゃなくてさ、いい好敵手じゃんそれってある意味」
好敵手?あれが?一方的だぞ。
仁義は否定した。
「やめてくれそういうの、お互いが意識して始めて好敵手ってもんだろ。俺はそうは思ってない」
「まぁ、なんにせよ今日は勝とうぜ」
「あぁ。おもいっきりな。」
お互いの拳を軽くぶつけて意気込みを入れた。