君は追憶の彼方③
話し終えたマシューはふぅっと大きく息を吐いた。
渇いた喉を潤す為にコーヒーを飲む彼を瑠美は黙って見つめる。
というよりは、何も言えなかった。
「『月下の君』の血は吸血鬼を狂わせる」
カップをテーブルに置きながら再びマシューが口を開く。
「彼女の血を吸った青年が一番最初に思ったこと、何だかわかるかい?」
「……わかりません」
「『美味しい』だよ。あんなに大切だった彼女を殺しておきながら、口の中に広がるその甘美な血の味に恍惚感を感じていたんだ。信じられないだろう?」
マシューは目を伏せて、自分で自分を嘲るように、はは、と笑う。
その乾いた嘲笑で、彼が今も少女を殺めてしまった罪悪感に苛まれていることが痛いほどにわかった。
「君のお兄さんが君をどうするつもりかは知らないけどね、僕らからしたら君は滅多に食べられない『高級食材』なんだよ。その自覚をもっと――」
そこまで言うと彼は口をつぐんだ。
目の前の『月下の君』の表情が明らかに変わったからだ。
目を伏せ、眉間に皺を寄せている。涙がこぼれるのを必死で我慢しているようにも見える。
その悲痛な表情を見て、マシューはばつが悪そうに口元の髭をしょり、と撫でる。
「……すまない。言い過ぎた」
「いいんです。わかってましたから」
わかっていたという割にはひどく悲しそうじゃないか、とマシューは思ったがそれは言わないことにした。
そしてジャケットのポケットから黒いビロードの袋を取り出すと、机の上にそっと置いた。
「これをあげよう」
「これって……」
「あの子が身に付けていたものだ。……おまじないはわかるね?」
袋を開けると中には銀色に光るロザリオのネックレスが入っていた。
ロザリオの裏側にはドイツ語の文字が刻まれている。
【闇に 光を】
瑠美はその文字を親指で撫で、遥か昔に生きた自分と同じ血を持った少女に想いを馳せた。