焼心
兄と相澤は号砲と共に全速力で駆け、我先にと先頭へ立った。
それを見守っていた瑠美が思わず声を漏らす。
「わぁ、二人とも気合い入ってるねぇ」
「うーん、そうだねぇ……」
何となく、普段と違う雰囲気を感じ取った恵衣は首を傾げながらそう答える以外になかった。
目的の棒に一番最初にたどり着いたのは兄だった。それを阻止するように相澤が兄の肩に手を掛ける。
相澤の手を払い除ける。すると相澤は大きく身体を仰け反らせて、棒にどんどん集まる人混みから弾き飛ばされてしまった。
その瞬間、兄は「やってしまった」と思った。
吸血鬼は人間よりも身体能力に優れている。
ちょっと払い除けただけのつもりが、人間にとっては巨漢に突き飛ばされるのと同じくらいの衝撃だったりする。
だから、兄はこれまでの人生において、絶対に他人を傷付けたりすることがないよう細心の注意を払って生きてきた。
――それは『異端者』として見られない為の自己防衛でもあったわけだが。
十七年近くも人間の世界に順応する為に守り続けてきた自分自身との約束。
身体を順応させることにもすっかり慣れ、意識しなくても人間と同じように振る舞うことが出来ていた。
それなのに、どうして今――?
それは『あの血』のせいなのかもしれない。
或いは、兄の心に宿った黒い不安。
『相澤に瑠美をとられてしまうかもしれない』
そんな暗い気持ちが自身のタガを外してしまったのでは――。
兄は動けなくなってしまった。幼少期から守り続けてきた自分自身との約束を破ってしまった自分が許せずに。
「獲った!!」
嬉しそうな声が頭上に降る。
見上げると相澤が旗を獲っていた。その笑顔が眩しくも、兄の心を焼いていくようだった。




