空中散歩②
再びネモフィラの丘に向かって歩き出した二人。程なくして瑠美の目におかしな光景が飛び込んできた。
「……人が空を歩いてる……?」
それは行列をなした観光客たちが、アーチを描くようにぞろぞろと空を歩く光景だった。
「あれがネモフィラの丘だよ」
相澤が空を歩く人々を指差し言う。どういうことかと思いつつ目を凝らして見てみると、空を歩いているように見えた人々はネモフィラが満開の真っ青な丘の上を歩いていたのだ。
「えっ……! すごい! 空と丘が一緒になっちゃってるんだ!」
真っ青な空に同化する真っ青なネモフィラの丘。境界線の溶け合った空と丘の狭間を歩く人々はまるで空中散歩をしているみたいだ。初めて見る景色に瑠美は興奮を隠しきれない。
丘に登るとさらに爽快な景色が広がっていた。足元から丘のふもとまでビロードの絨毯の如く広がる一面のネモフィラ、遠くでは大きな観覧車がゆったりと回り、この丘だけ時間がのんびり進んでいるようだ。ふもとからはわからなかったが、丘の向こう側には海が広がり、どこを見ても青、青、青の世界であった。
「全部青……! きれいだねぇ、相澤くん」
「うん。瑠美ちゃんも青いから、溶けちゃいそう」
相澤が瑠美の青いワンピースを指差しながらからから笑う。
「こんなきれいな景色なら溶けちゃいたいよ」
ちょっとおどけて瑠美が言うと、相澤がにこっと笑って瑠美の手を握ってきた。驚いて顔を見上げると、彼ははにかみながら
「溶けないで」
と言った。
その言葉には答えず、ぱっと目をそらし下を向く。兄以外の男の子に手を繋がれた――!? 相澤の意図がわからず困惑する。とにかく恥ずかしい。恥ずかしさを紛らすために何か言おうと一生懸命に脳を働かせる。
「お……っ、お兄ちゃんにもこの景色見せてあげたいね!」
「……」
ほんの一瞬の間だった。しかし、その一瞬の間で瑠美は悟った。やはり彼は兄の話題を避けようとしている。
「そうだな」
にこりと笑い、答える相澤の表情からはその理由を伺い知ることは出来なかった。けれど相澤の手が緩み、瑠美の手はそこからするりと抜け落ちた。
そこから地元に帰ってくるまで、相澤はずっと普通だった。普通に笑い、普通に冗談を言い、普通に兄の話もしてくれた。
「――それじゃあ私はここで。今日はありがとう」
「こちらこそ」
「また学校でね。ばいばい」
相澤は手を振る瑠美を見送りながら、ぽつんと呟いた。
「今日だけは独り占めって思ったけど、それも無理だったなー……」
天色の空。薄花色の丘。濃藍の海に瑠璃色のワンピース。全てが混ざりあった青の世界の中で過ごした瑠美との時間は、相澤の心にも深い青色を落としていった。




