お誘い
「――すっかり遅くなっちゃったな。そろそろ帰ろっか」
窓の外から入り込む夕陽が、教室を赤橙に染め上げていることに気付いた相澤が言う。二人は修学旅行委員の資料整理の為に、放課後居残りをして仕事をしていたのだ。
遠くの方で吹奏楽部の練習する音が聞こえる。
教室を出た二人は下駄箱へ向かいながら世間話をする。
「瑠美ちゃんはさ、去年ドイツに行ったんだよな?」
「うん。デュッセルドルフって街に両親が住んでるの」
「そうなんだ。楽しかった?」
「うん、お兄ちゃんと一緒だったし楽しかったよ」
『お兄ちゃんと一緒』という言葉に一瞬相澤の動きが止まる。その反応を見て瑠美は口が滑ったな……と内心焦っていた。普通に『楽しかった』とだけ答えておけばよかった。
「瑠美ちゃんて、橘のこと好きなんだな」
「え!? あ、あぁ、兄妹だしね。いいお兄ちゃんだよ、うん」
相澤の核心に迫る質問に、瑠美は大いに狼狽した。自分の意思に反して紅潮する頬や耳を見られないよう、慌てて相澤から顔をそらす。大丈夫、ちょっとブラコン気味な妹ということにしておけばそんなに不自然な話ではない。そう自分に言い聞かせ、落ち着きを取り戻そうと努める。
「橘はさー……あんま瑠美ちゃんの話とかオレにしないんだよね」
「そう……なんだ」
それはそれで複雑な気もするが、きっと普通の兄妹というのはそういうものなのだろう。それでももやっと胸の真ん中に生まれた複雑な気持ちが、瑠美の心臓を締め付けようと触手を伸ばしてくる。
「だからさ、オレもっと瑠美ちゃんのこと知りたいんだ」
瑠美がぴたりと足を止める。どういう意味だろう。そこでなぜ私のことを知りたい、なんて話に繋がるのだろうか。誰かから自分のことを『知りたい』と思われることなんてあるのだな、そんな不思議な気持ちで相澤の顔を見つめてみる。目が合うと、彼は恥ずかしそうに首を少し傾げてはにかんだ。そして、すうっと息を吸うと思い切ったように言った。
「今度のゴールデンウィーク、二人で出掛けない?」
…………。
…………!
その言葉が瑠美の鼓膜に届くと同時に、ぼっと火がついたように顔が真っ赤になる。耳の奥でじんじん音がする。男子から遊びに誘われるなんて、生まれて初めてだ。恥ずかしさと緊張で平衡感覚を失いかけている瑠美に追い討ちをかけるかの如く相澤が続ける。
「これはデートのお誘いだから。じゃあ、また来週。気を付けて帰ってな」
瑠美は夕焼けに溶けていく相澤の背中を見送りながら、鳴りやまない鼓動を聞き続けていた。




