三つ巴バースデー
秋はその寒さを深めて、冬の足音が近付く11月。今日は兄の誕生日だ。放課後、瑠美は珍しく兄の教室まで足を運んでいた。いつもは兄が教室まで来ることが殆どだが、誕生日ぐらいはこちらから迎えに行ってみようと思い立っての行動だった。
今日は楽しく一緒に下校し、兄の好きな海老オンパレードの夕飯を振る舞い、兄の欲しがっていたスニーカーをプレゼントし、兄にとびっきり喜んでもらう、という完璧なバースデースケジュールをこなす予定なのだ。
兄のクラスは二つ隣の1組。ひょいと教室を覗くと、兄が友達らしき男子と会話をしているのが見えた。会話の邪魔かな、と声を掛けるのを躊躇っていると兄の方から瑠美に気付いた。
「瑠美! うちのクラスまで来るなんて珍しいね?」
「あ、うん。えーと……」
一緒に帰ろう、と言おうとしたが何だか気恥ずかしくてもじもじしていると兄の背後からぴょこっとさっきまで会話をしていた男子が顔を出した。
「誰?」
「あ、妹」
「…………」
その男子は無言で瑠美の顔をじっと見つめている。恐らく、全然似ていないだとかそういう類いのことを考えているのだろう。いつものように愛想笑いで誤魔化すか――。
「へー、可愛いね」
至極当たり前のことを言うかのような、さらりとした誉め言葉に瑠美は面食らった。同世代の異性から『可愛い』なんて言葉を貰ったのは生まれて初めてだ。こういう時、どんな反応をするのが正解なのだろうか?
「あ、ごめん、急に。オレ相澤直って言うんだ。橘とは同じクラスで――」
「人の妹ナンパすんなよ」
「ナンパじゃねぇよ」
これが男子同士のやり取りと言うものなのか。男友達の一切いない瑠美は普段とは違う少年ぽい表情の兄を新鮮な気持ちで眺めていた。
「そうだ、瑠美は何か用事があったんだよね?」
ぼんやり自分たちを眺める妹に気付き、兄が慌ててこちらに顔を向ける。そうだ、一緒に帰ろうと兄を誘うつもりだったのだ。人目が気になるが、ここは思い切るしかない。
「い、一緒に帰ろうかなとっ、お、思って」
極力冷静を装ってみたものの、どもってしまいとてつもなく恥ずかしい誘い方となってしまった。額に汗が滲む。
「あぁー……」
兄が困ったような低い声で、苦笑いを浮かべる。苦笑いの視線の先には直がいた。
「今日さ、相澤と遊ぶ約束してたんだ」
授業中、ひたすらに完璧なバースデースケジュールを練っていた瑠美は肩透かしを食ったような気分だった。けれどそれを事前に伝えていたわけでもないし、仕方がない。わかった、と帰ろうとすると、相澤が一つの提案をしてきた。
「三人で遊べばよくない?」
またも面食らう瑠美。兄以外の男子と遊ぶなんて、瑠美にとっては未知の領域だ。
「いや、でも私がいたら迷惑じゃ……」
「え? 迷惑じゃないよね?」
背後から兄の顔を覗きこむ相澤。兄は相澤と瑠美の顔を見比べ、眉を下げてへにゃりと笑う。
「そりゃもちろん、瑠美がよければ」
人生において計画通りに物事が運ぶことは殆どない。こうして思いもよらぬ兄のバースデーが始まったのだった。




