やめなよ
翌日。貧血で学校を休んだ瑠美は、兄が用意してくれた鉄分入りヨーグルト飲料を飲みながらベッドの中でうだうだと惰眠を貪っていた。
久しぶりの吸血だったからなのか、いつもよりも多く血を吸われてしまった瑠美は目を回してしまい、川原からの帰り道を兄におんぶされながら帰ってきた。兄はずっと泣きそうな声で「ごめんね、ごめんね」と言っていたが、その様子が叱られた仔犬のようでなんだか笑えてしまった。
そんなことをぼんやり思い出していた昼過ぎ、そろそろお昼ご飯でも食べるか……と起き上がった矢先にスマートフォンがブブ……っと震えた。
『よっ(^o^)ノ体調どう?今日お見舞い行っても平気??』
恵衣からだ。昨日あんなことがあったばかりだが、意外にも普通の内容で、瑠美は少し安心する。
『大丈夫だよ』
瑠美が返信すると即座に既読マークが付き、ピンポン、と玄関のチャイムが鳴った。まさか……と思いつつドアを開けると、そこには普段なら学校でお弁当を食べているはずの恵衣が立っていた。
「恵衣さん、学校は?」
「早退してきちゃった! ねぇお昼食べた? いろいろ買ってきたんだけど食べない?」
そう言われ、恵衣の手元に視線を移すと、駅前のファストフード店の袋と昨日食べそびれたアイスクリーム屋の箱が提げられていた。それを見た瑠美は瞳を爛々と輝かせながら
「どうぞお入りください」
と恵衣を家に招き入れる。嬉々とした瑠美の表情に安心したのか、あはは、と恵衣が声をあげて笑った。
「なんだ、食欲満々じゃないか~。心配して損したー!」
「えへ……」
ファストフード店の紙袋を広げると、瑠美の好物であるチキンバーガーとオニオンリングフライが入っていた。チキンバーガーのオーロラソースが大好きで、バーガーからはみ出たオーロラソースをオニオンリングにつけて食べるのが瑠美流。……だが、今日はその前に言っておかなければならないことがある。
「――恵衣さん、昨日は本当にごめんね」
「ううん。あたしこそあのあと家まで送ってもらっちゃって。ありがとね」
瑠美は首を横に振る。親友を怖い目に遭わせてしまったのだからそれぐらいは当然だ。それどころかあんな目に遭ったにも関わらず、自宅まで見舞いに来てくれる彼女の優しさが心苦しくもあり、その罪悪感から目を伏せた。
「今朝さ、お兄さんも謝りに来たよ。土下座しそうな勢いで頭下げてくるから、こっちが申し訳なくなっちゃった」
「そうなんだ……」
「…………」
「…………」
瑠美は迷っていた。恵衣は恐らく昨日、あれからどうなったのか気になっているのだろう。事の詳細を話すべきなのかどうか。あんな状態の兄を見られてしまったのだから、兄が普通の人間ではないことも確信しているだろう。しかし何から説明すれば良いのか。
逡巡。そしてのし掛かる沈黙。
「……やめなよ」
「えっ?」
恵衣の唐突な言葉に思わず聞き返す瑠美。伏せた目をあげると眉間を寄せ眉の下がった、心配そうな表情の恵衣と視線が合った。
「昨日何があったか、状況見たら大体わかるよ。でも、やめた方がいいと思う」
そして一呼吸置き、昨日兄に投げ掛けたのと同じ疑問を瑠美にも問う。
「それって瑠美じゃなきゃいけないの?」
恵衣にはどうして兄が瑠美に執着するのかわからなかった。そして瑠美がどうしてそれを受け入れているのかもわからなかった。瑠美が痛い思いをするぐらいなら、いっそ自分が代わってもいい。そう思っていた。
「……私が私じゃなきゃ嫌なんだ」
口を閉ざしていた瑠美がおもむろに話し出す。自分の考えを否定されるかもしれない怖さを打ち消すように、きゅっと手を握りしめる。
「お兄ちゃんが他の人の……その……血を吸うっていうのが、嫌なんだ」
「それってどういうこと?」
恵衣はいつでもさくっと核心をついてくる。つまり――。
「好きなの。お兄ちゃんが」
恵衣が目を丸くして黙りこむ。驚くのも無理はない。勘づいていたとは言え、兄が吸血鬼だということはおろか、血が繋がっていないこともきちんと言葉で説明したことはなかったのだから。しかも吸血鬼に恋しているなんて、普通の人間からしたら正気の沙汰ではないだろう。話が突拍子もなさすぎる。
「……やめなよ」
「……」
「そんなの、普通じゃない。兄妹だし、人間じゃないし……。瑠美が辛いだけじゃないの?」
恵衣の言う通りだ。この恋は何もかもが普通じゃない。兄だってきっと自分に対して妹以上の感情なんて抱いていないだろう。頭の片隅にこびりついていた不安が恵衣の言葉によって顕在化する。
「もうちょっと落ち着いて考えた方がいいよ」
「……ん……」
もちろん応援してもらえるとは思っていなかったが、はっきりと言われるとやはり自分が間違っているような気になってくる。瑠美は再び視線を落とした。
「(……私は、迷ってばかりだな)」
「さっ!ハンバーガー冷めちゃうからさ、食べよ?」
空気を変えるように明るく振る舞う恵衣に促されチキンバーガーを一口かじったが、大好物のはずのそれが今日は味のしないスポンジのようだった。




