乙女の会合
日本の夏は暑い。とにかく暑い。じっとりと肌に絡みつくような空気、じりじりと拷問のように照りつける太陽、熱気で蜃気楼のようにゆらゆらと揺れるアスファルト。
そんな暑さから逃れるように二人の女子が喫茶店で涼をとっていた。
「デラックスパフェのデカ盛り二つと、飲み物がアイス抹茶ラテ。瑠美は?」
「ダージリンティーのアイスでお願いします」
瑠美とクラスメイトの恵衣は、パフェのデカ盛りで有名な喫茶店に来ていた。久し振りに会った恵衣は真っ黒に日焼けし、白い歯をキラキラさせている。楽しそうな笑顔はアイドルのように眩しい。
「いやぁ、久し振りだね!瑠美、顔色よくなった?なんかツヤツヤ……」
「あっ、えっ……そ、そうかな?」
ここしばらく兄に血を吸われていないからだろう。恵衣にとっては何気なく聞いたつもりかもしれないが、いきなりの超ド直球な質問にさっそくどきまぎする。
「ドイツ行ってきたんでしょ?どうだった??」
「うん、すごく良いところだったよ。街がね、映画みたいなの。ほらこれ、写真撮ってきたんだ」
「どれどれ……。おぉ、ほんとだぁ。かわいい街だね」
「そうそう、お土産も買ってきたよ。はい、これ」
瑠美はバッグから茶色い袋を取りだし、テーブルの上に置いた。それを見た恵衣の顔がぱぁっと薔薇の咲いたように紅潮し、きらめいた。
「いいの!?」
「もちろん。開けてみて」
袋から出てきたのはバウムクーヘン、チョコレート、グミなどドイツ定番のお菓子たち。袋いっぱいに詰められているそれらを見て、恵衣の顔がますます輝く。
「豊島さん、甘いもの好きだから、いいかなと思って……」
「うん、嬉しい!……お土産ってさ、選ぶ時にその人のことを考えるじゃん?だから旅行中に一瞬でもあたしのことを考えてくれたんだなって思うと、ほんとに嬉しい。ありがとう」
太陽のような笑顔の恵衣に瑠美までつられて笑顔になる。自分のしたことでここまで嬉しそうに笑ってくれる人がいるなんて、兄以外に知らなかった。
「と言うわけで、あたしも!はい、これ」
恵衣がドンっと鈍器を置くように二十センチ大ほどの箱をテーブルに出した。
「あたしもこないだ沖縄行ってきたんだ。だからお土産」
人からお土産を貰うなんて初めてだ。初めての経験に感動で鼻がつんとしてきた。どきどきと胸を高鳴らせながら箱を開ける。中から出てきたのは……真っ赤な体に雄々しい獅子の顔をしたシーサーの置物だった。
「こ、これは……」
「シーサー!沖縄では魔除けとして屋根とかに飾られてるんだよ~。かわいいでしょ?」
得意気にふふんと鼻を鳴らす恵衣。これは、かわいいと呼べるのだろうか……。どちらかというとかなり渋い。このシーサーの険しくも雄々しい顔は本気の魔除けだ。女子高生らしからぬ絶妙なセレクトのお土産に瑠美は思わず吹き出していた。
「……っははは!すごいリアルなシーサー!ありがとう、豊島さん。大事にするね」
声をあげて笑う瑠美は珍しい。何がツボに入ったのかわからなかったが、とりあえず楽しそうだからいいか、と恵衣は満足げな笑みを浮かべた。
すると二人の前にドシン、ドシンと二つの山のような物が置かれた。
「お待たせ致しました。デラックスパフェのデカ盛りがお二つになります」
目の前に現れた堂々たる山の正体。それはコーンフレークとヨーグルトの土台の上に、バニラ・チョコ・抹茶・ストロベリー・レモン・チョコミント・キャラメルの七種のアイスクリームとバナナやキウイ、オレンジを並べ、さらにその上にショートケーキをワンピース丸々一つ乗せたパフェであった。
圧倒的な大きさと見た目のインパクトに、思わず呆気に取られる瑠美。それとは正反対に流れ星がいくつも落ちたかのようにきらきらと瞳を輝かせる恵衣。
「これ、食べ切れる……?」
「よっゆーでしょ!いただきまーすっ!」
食べても食べても減らないパフェ。まさに動かざること山の如しである。
「私……もうお腹いっぱい……」
「へ?じゃあ残り食べてもいい?」
「豊島さんの胃袋はブラックホールなの……?」
呆れにも見える表情を浮かべながら、恵衣の目の前までパフェを移動させる。
「っていうかさぁ、その豊島さん、ってのそろそろやめない?名前で呼んでほしいな~」
しゃくしゃくとコーンフレークを食べながら恵衣が言う。友達と呼べる存在が今までほとんどいなかった瑠美には、人を下の名前で呼んだ経験がない。そんな馴れ馴れしいことをして良いのだろうか……。
「え……恵衣……さん?」
しどろもどろになりながらも恵衣の名前を口にしてみる。何だか小恥ずかしい気がして、耳が赤くなるのを感じた。気持ちを落ち着ける為にアイスティーをちゅう、と一口吸う。
「は、初めて友達を名前で呼んだ……」
それを聞いた恵衣の顔がまたしても嬉しそうに綻んだ。
「そうなの?えへへ、瑠美の初めて頂きましたぁ!」
――私のしたこと全てに笑顔で返してくれる。そんな人がこの世には存在するんだ。そうか、これが友達というものなのか。
瑠美は胸がじんわり熱くなった。そして自分の胸の熱さを恵衣にも届けたくなった。
「恵衣さん、ありがとね」
目を細めて微笑む瑠美の顔は、かすかに泣いているようでもあった。




