古城の吸血鬼③
――兄だ。
怒りに満ち満ちた兄だ。
瞳孔は開き、鼻息荒く、牙を剥き出しにしている。
女は横っ飛びで逃れようとしたが、その白い首筋は牙で抉られ鮮血が床にパタタ……っと音を立てて滴った。
「貴様……同族の吸血行為は禁忌と知ってのことか」
止血しようと首を押さえるが、血は止まらず指の間から漏れ落ちていく。フードが脱げ顔が顕になった女の目は血走り、ひん剥くように見開いていた。
「妾に牙を立てるとは愚かしき行為……。死を以て償え」
血にまみれた左手をすっと前に伸ばし、人差し指で兄を指差す。
「【血の雨】」
低く、憎しみのこもった声を放った瞬間、人差し指の先に滴っていた血が弾丸のように兄目掛けて放たれた。血の弾丸は兄の右耳を掠め、耳元の髪を散らす。
「外したか」
女はチッと舌打ちをしながら憎々しげに言う。
そして自分の首元を拭い、手を広げて五指全てに血を滴らせる。
「次は外さぬ」
女が呪文を唱えようと息を吸った、その時。
「やめて!」
そう叫んだ瑠美の手にはあの聖銀製の十字架が握られていた。
瑠美はカタカタと小さく震えながら、頭の中で十字架の裏に刻まれている言葉を復唱する。少しでもタイミングがずれたら、殺される。そんな確信が瑠美の手を一層震わせた。
「ほう……?それもあの男から貰ったのか?」
その問いかけには答えず、兄を守るように震える足で女の前に立ちはだかった。
「……面倒じゃのぅ。死んでも文句は言ってくれるなよ?――【血の雨】」
女は静かに左手を瑠美に向け、血の弾丸を撃ち出した。が――
「は、【闇に光を】!!」
その言葉を合図に、十字架を中心として目の前に白く光り輝くベールが広がった。そのベールは瑠美と兄を優しく包み込む。撃ち出された血の弾丸はベールにぶつかり、水風船が割れるように弾けた。
女はその白金のベールが直視出来ないのか、眩しそうに目を細めながら顔を背ける。
「っ……!げに面倒な女じゃ……!もうよい、たかが食事の為にこれでは割に合わぬ。だが小僧。貴様だけは絶ッ対に許さぬからな。覚えておれ」
そう言って女はフードを深くかぶると、足元の空間に溶け落ちるように消えてしまった。
――気付くと周りの景色は元いた部屋に戻っていた。
灰色の空間も、光のベールも全て消えていた。
「お、お兄ちゃん!」
瑠美が振り返ると、目が眩んだのか左手で目を覆い、膝をつく兄の姿があった。
「お兄ちゃん大丈夫!?」
「瑠美こそ……うぅ、見えない」
瑠美のことを見ようと目を馴らす為、一生懸命にしぱしぱと瞬きを繰り返す兄。
気付くと瑠美はぺたりと床に座り込み兄に抱きついていた。腰に手を回し、その存在を確かめるようにぎゅうぎゅうと強く抱き締める。兄はそんな妹に一瞬面食らったが、額に頬をすり寄せ、愛しそうに頭を撫でた。
「瑠美……。ごめんね。俺、頼りなくて……」
「ううん。ううん」
兄が自分に優しく触れてくれる嬉しさで、さっきまでの恐怖心が嘘のように消える。安心感で涙が出そうになったが、その涙がまた兄を心配させそうでどうにか堪えた。
見上げればいつもと同じ、眉を下げて困ったような兄の笑顔。今までは当たり前に思っていたその笑顔を――大切だ。そう思うのは初めてのことだった。




