古城の吸血鬼②
「――う……」
「瑠美!大丈夫!?瑠美!」
瑠美が目を開けると、必死の形相で妹の名前を呼ぶ兄がいた。
「お兄……ちゃん」
「よ……よかった……。怪我は?痛いところは?」
泣きそうな兄の声。こんな時だと言うのに、いつもの優しい兄に何となくほっとしてしまう。
「大丈夫。……ここは?」
辺りを見渡すとそこは今までいた絢爛たる城内ではなく、上も下も前も後ろもない、ほの暗い灰色の空間がただぽかんとあるだけだった。
「ご機嫌麗しゅう、『月下の君』」
突然掛けられた低い女の声にびくっとし、声がした方へ視線を移すと絵と同じ赤いフードをかぶった女がこちらを見ていた。フードで顔はよく見えないが、赤く薄い唇はうっすらと微笑んでいるようだ。
女はほの暗い空間の中をゆっくり歩き、こちらへ近付いてくる。そして二人の前に立つと、腰を屈めて兄の顔をまじまじと見た。
「……余計なものまで釣れてしまったようじゃのう」
女は面倒くさそうに溜め息を吐く。
「お主も吸血鬼か。この『月下の君』はお主のものなのか?」
兄が女を睨み付ける。
「瑠美は俺の妹だ」
女はその返答に、意味がわからないとでも言いたげに目を丸くして言った。
「……?……妹?家畜か何かの間違いではなくてか?」
『家畜』という言葉に反応し、瑠美は手を強く握りしめた。手の平に爪が食い込む。
「妾も昔は『月下の君』を一匹飼っていたのじゃがな。馬鹿な小間使いが逃がしてもうてなぁ。結局その馬鹿が欲望に任せて『月下の君』を食い殺してしもうた。あの馬鹿は二度と城に戻ってこれぬようにしてやったが……今でも胸糞悪い話じゃ」
「――マシューさんは馬鹿なんかじゃない!!」
瑠美の突然の大声に再び目を丸くする女。
「何じゃ?お主、あの男のことを知っておるのか?」
「マシューさんは欲望に任せて『月下の君』の血を吸ったわけじゃない。あなたみたいに卑しい人じゃないんだから!」
その言葉を聞いた女の眉間に青筋がぴきっと入る。
「……言葉には気を付けろ小娘?」
白い手が伸び、瑠美の顎を持ち上げるように指を掛けた。
「お主はこれから妾の家畜になるのじゃ。殺されたくなければ大人しくしておれ」
フードの奥から女の冷たく金色に輝く瞳が覗く。そして口角を緩めた赤い唇から鋭い二本の犬歯が現れた。吐息がかかるほど顔を近付け、囁くように女は言う。
「大丈夫じゃ、外には出してやれぬが衣食住の面倒は見てやる。必要なら好みの男も見繕ってやるぞ?なんならその血を引く子どもを産んでくれても構わ――」
言い終わらないうちに、何かが獣のように女の喉元目掛けて飛び掛かった。




