入学式
青い空に桜色が舞い散る4月のある日。
橘瑠美は真新しい制服を身にまとい、校門前に立っていた。私立常磐高等学校、と書かれた門を見つめながら瑠美は深呼吸をする。
「瑠美?早く行かないと入学式に遅刻しちゃうよ?」
声を掛けたのは兄の橘塁。兄、とは言っても学年は同じ新入生だ。そんな兄の声に小さく頷いて小走りで後をついていく。今日からこの高校で新しい生活が始まるのだ。
入学式を滞りなく終え、新入生たちはクラス毎に教室に向かう。
二人は別々のクラスであったが、瑠美は教室に向かう途中で兄の姿を見つけた。
兄はとても目立つ。肌は真白で、瞳も髪も透けるような茶色。185センチもあるその身体は同級生の男子の中で頭ひとつ抜き出ていた。眉目秀麗という言葉がお似合いなその容姿に、周囲の女子たちが早速ざわついている。加えて頭脳明晰・成績優秀ときている兄は昔からよくモテたが、本人にはその自覚がないらしく、中学生の頃は『無自覚王子』などと陰で持て囃されていた。今も自分が女子たちをざわつかせていることに全く気付く様子もない。
一方の瑠美はごくごく普通の女子高生。
自慢できることと言えば、人よりキューティクルの整った長い黒髪ぐらいだろうか。
そう、二人は全く似ていない。新しい環境になる度、周囲から「お兄さんと全然似てないね」と言われるのがもはやお決まりとなっている。学業も優秀で完璧な兄とは何かにつけて比較され、「似てないね」と言われ続けてきた。そう言われる度になんだか申し訳ない気持ちになるので、出来れば高校ではひっそりと過ごしたい。せっかく兄とクラスも離れたことだし、私は私で学園生活を謳歌しよう、と心の中で誓った矢先に「瑠美!」と呼ぶ兄の声がした。
「今日の帰り、一緒に帰ろう?」
「え……あ……」
「瑠美3組だよね?迎えに行くから!じゃ、またあとで」
「うん……」
ざわつく周囲。早々に出端を挫かれてしまった。目立つ兄と一緒にいると嫌でも自分も目立ってしまう。
兄のように明るい性格ではない瑠美はそれが嫌で仕方なかった。きっともうすぐあれが来るだろう……。
「ねぇ、あなた、今の人と知り合いなの?」
ほら、さっそく来た。
「あっ、いきなりごめん。あたし、同じクラスの豊島恵衣。あなたの名前は?」
「橘……瑠美……です」
「瑠美ちゃん、よろしくね!」
会って早々に下の名前、しかもちゃん付けで呼ばれたことに驚いて瑠美は何も返すことが出来なかった。
「でさ、今の人。知り合い?」
「お兄ちゃん……なの」
「えっ!? 兄妹なの!? ……そう……なんだ……」
訝しげな表情を浮かべた恵衣はそのまま黙ってしまった。
瑠美はその沈黙の意味を何となく感じ取った。恐らくまた「似てないね」と思われているのだろう。面と向かって言われないだけマシだな……と思いながら教室に入った。
ホームルームが終わり、帰りの支度をしていると聞き慣れた声が。
「瑠美!帰ろう」
「あ、うん……」
「今日の夕飯さぁ、何にする?」
「何でも……」
さすが『無自覚王子』。今日の夕飯の話なんて、ともすれば恋人とも勘違いされそうな話題を振ってくるとは堂々とした振舞いだ。背後でざわつくクラスメイトの声を聞いたが、瑠美はそのまま教室を後にした。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「うん?」
「その……学校ではあまり喋らない方がいいと思うの、私達」
「どうして?」
「あまり……目立ちたくないし」
「でもクラスも離れちゃったし、俺は瑠美と一緒に帰ったり弁当食べたりしたいなぁ」
「私とじゃなくても、お兄ちゃんなら友達すぐ出来るでしょ」
「そんなに俺の事、嫌なの?」
ひどく悲しそうな声と目で顔を覗き込む兄に、瑠美は何も言えなくなってしまった。
別に兄が嫌いなわけではない。けれど、好きかと言われるとよくわからない。
「(だって、私達は普通の兄妹じゃない)」