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 手慣れた動作で接続を終え、テレビの電源を入れる。ゲームソフトをセットして起動すると、ポップな音が鳴り、テレビにはカラフルな画面が映し出された。デフォルメされたキャラクターが、スポーツカーに乗って猛スピードで道路を走り続けている。

 弘道が興味深そうに近づいてきて、横に立った。

「可愛い絵だね。見たことある」

「そりゃな。日本人なら全員知ってんだろ」

「そんな有名なんだ」

「おぅ。つーかお前、今まで家にいるとき何してたん?」

「ご飯食べて、宿題して、予習復習して、あとはぼーっとしてる」

「ぼー?」

「さっき言ったみたいな簡単なゲームやったり、テレビつけっぱなしにしたりしてたこともあったけど、すぐに飽きちゃうしなんか虚しくなるからここ数年は寝ることが多いかな。七時ぐらいには横になる」

 なんでもないことのように言われて、闘威は自分の耳を疑った。

「はあぁ? 七時って、午後七時だよな? ガキかよ」

「おかげでやたら早い時間に目が覚めちゃうんだ」

「そりゃそーだろ。どーいう生活してんだ」

「今はもう少し遅くに寝るよ。昨日、そろそろ寝ようと思って時計見たら九時になってて吃驚した。なんか、起きてても楽しくて嫌じゃなくて、むしろ寝るのがもったいない感じ。こんなの初めてだ」

「九時でも十分はえーよ。俺十二時ぐらいだぜ」

「トーイは寝るまで何してるの?」

「だらだらしてりゃ時間なんてすぐ過ぎんだろ。テレビ見てゲームして掃除機かけて洗濯して皿洗ってラインきてたらてきとーに返事して……」

 思いつくままに並べていくと、弘道はぺたりと床に座りながら感心したように言った。

「家事やるんだ。偉いね」

「偉かねーよ。俺やんなきゃうちゴミ屋敷になっから」

「でもできるのが凄い。トーイってなんでも自分でできちゃう感じがする」

「お前俺のこと良く思いすぎじゃね」

「だって凄いよ」

 真面目な顔をして言ってくる弘道の純粋な視線に耐えかね、闘威は片手で顔を覆った。なんとなく自覚してきたが、褒められることに慣れていない。直球で手放しに賞賛されるとどうしたらいいのかわからなくなる。全身が酷くむず痒い。

 気恥ずかしさの波をやり過ごしたのち弘道を見ると、座りが悪そうに体を捻っていた。あぁ、と気づいて端に置いてあった座布団を渡す。弘道はお礼を言って座布団の上に体育座りし、おずおずと闘威を見上げた。

「あ、あのさ、昨日一生懸命考えたんだけど」

「あ?」

「俺、できればトーイの役に立ちたいんだよ。でも俺に出来てトーイにできないことなんてそんなない」

「や、だからそーいう役に立つとかは考えなくていーって」

 言ってんだろ、と闘威が言い終わる前に、弘道は勢い込んで言葉を被せてきた。

「それでっ、一つだけ浮かんだのが」

 真剣な面持ちで、こころなしか眉に力を入れて言う。

「勉強」

「……は?」

「トーイ。あんま勉強できないって言ってたよね?」

「まぁ……」

「うちの中学校では、一定以上の成績を修めないと強制補修になるんだ」

「マジか。一定ってどんぐらい?」

「三十点以上」

「あ、無理」

 即答した闘威に、弘道は少したじろいだ。

「そ、そっか」

「俺ほんと全然べんきょーしてねぇからな。授業聴いてもわかんねぇから聴いてねーし」

「それは、前段階の知識がないせいだと思う。基礎がわかればそんなに難しくないよ」

「なにがわかんねぇのかもわかんねぇんだよ」

「それ、勉強苦手な人はよく言うよね。俺、今やってるとこまでの範囲説明するぐらいならできるから、勉強会、しない?」

「あー……まぁ補修はヤだけどなぁ」

 闘威は気乗りしない様子で頭を掻いた。

 勉強は好きじゃない。何の役に立つのかもよくわからないし、自分のできが悪いことは自覚している。以前なら補修など無視してサボればいいと開き直っていただろう。しかし、意気込んで申し出ている弘道の厚意を無碍にするのも気が引ける。

「言っとくけど俺マジで馬鹿だぞ」

「そんなことないよ、勉強することに慣れてないだけ」

「なんで言い切れんだよ」

「なんとなくだけど、頭の回転速い感じする」

「ほんとお前、だからそれ、なんつーんだっけ、かみかり?」

「……買い被り?」

「それ」

「まぁ試しに一度、やってみよ?」

 弘道が熱心に誘うので、闘威は渋々ながら了承した。闘威の家には教材が揃っていないから、明日弘道の家で勉強会をするという約束を取り付けられる。

 なんだかこいつと関わってからどんどん生活の仕方が変わってくなぁ、と思いながら、闘威は弘道にゲームのコントローラーを渡した。

「あんな、スピード出すときはこれで、飛ぶときはこのボタン押せばいーから。こっち方向キーな。まぁやってりゃわかんだろ」

「うん」

 テレビ画面にカウントダウンが表示され、猛スピードで車が走り出す。操作に慣れていない弘道は当然のように負け続けたが、真剣な顔でじっと画面とコントローラーを見比べながら操作し、粘り強く再戦をねだった。負けが確定した途端「も、もう一回やろ?」と悔しげに誘ってくる。闘威も手加減して負けてやれるような性格ではなかったので何十回と同じコースを繰り返していると、弘道はそのうち徐々にコツを掴んでいき、ゲームを始めてから二時間が経過したころにとうとう闘威を追い抜いてゴールした。

「やっ、やった! 勝ったよ!」

 コントローラーを持ったまま万歳するように両手を掲げ、弘道は歓声を上げる。普段の控えめな表情からは考えられないような、満面の笑みを浮かべていた。無邪気に喜んではしゃぐ弘道は、呆気に取られて目を丸くした闘威を見て、はっと我に返った。

「ご、ごめん、トーイは負けたのに」

「や、謝ることじゃねぇだろ、お前何回俺に負けてんだよ。良かったな、勝てて。ちょー上手くなったじゃん」

 にっと笑って褒めてやれば、申し訳なさそうにしていた弘道の顔に少しずつ笑顔が戻る。

「うん、楽しかった。でも運が良かったんだと思う。途中のあの、星みたいなやつ、ぴこーんって当たったら凄く加速して、一気に先に行けたんだよね。俺今度はあの海沿いみたいなとこでやりたいな!」

 きらきらと目を輝かせ、興奮を伝えてくる。闘威は欠伸をしながら右肩をぐるりと回した。

「おー。その前にちょっと休憩しよーぜ。俺肩痛ぇわー」

「あ、俺も肩凝ってる……」

 夢中になってて気づかなかった、と弘道は恥ずかしそうに言った。

「そんくれぇ楽しかったなら良かったわ」

 コントローラーを投げ出し、闘威はテーブルに飲み物を取りに行く。

 ゲームに没頭するのも、負けて悔しがるのも神様らしからぬ行動だ。 闘威は、今まで弘道が『神子様』であるが故に経験できなかったことを全部させてやりたかった。普通の少年が普通のことをして何が悪いのか。人の顔色を窺って、これなら傷つけないかとかこれなら嫌がられないかとか、そんなことばかり考えて弘道の生活は雁字搦めだ。

とり澄ましている完璧な『神子様』ではない、どこにでもいる感情豊かな少年として、好きなように振る舞って感じたままに言葉を発して、誰にも気を遣わないで自由に生きる弘道が見たかった。

「そーだ、ぽてちあったわ、食う?」

 流し台の上の棚から空気でぱんぱんに膨らんだ袋を取り出し、大皿の上にざーっと開ける。弘道は興味深げに薄黄色い薄切りの揚げたじゃがいもを見た。

「食べていいの?」

「おう、食えや」

「俺ねぇ、食べるなって言われてて」

 闘威は弘道の言葉の意味が一瞬理解できなかったが、直後、あぁ金持ちは色々気にすんだな、と思い到る。添加物とか、栄養バランスとかカロリーとか、小難しいことを語る奴が周囲にいるのだろう。

「たまにはいーだろ。うまいぞ」

「うん。ありがとう。いただきます」

 大皿と弘道が持ってきたクッキーの缶を床におろして、二人はだらけた体勢でお菓子をつまみながら、とりとめのない話をした。弘道は闘威が宇賀三にいたころの話を聞きたがり、闘威は弘道の悲惨かつ喜劇的な過去を躊躇なく聞き出した。

弘道の人生は彼に優しくないが、暗い出来事しか起こらなかったわけではない。行き過ぎた信者が弘道の髪の毛や私物を盗ろうとしたのを、西野率いる親衛隊が成敗していった話などはなかなかにスリリングでおもしろかった。弘道の髪の毛を密売するという架空の取引をでっちあげておびき寄せたのだそうだ。

「体育倉庫の裏手にやってきた犯人に別人の髪の毛を売りつけたあと、樹里人が茂みから出てきて俺の髪の毛を見せつけてね、『これが本物の御聖体だ! それは林田の髪の毛! てめぇみてぇな不届き者に神子様の祝福はやんねーよ!』って言うと犯人はがっくり膝から崩れ落ちて」 

 弘道の淡々とした口調で語られるシュールな捕り物劇に、闘威は腹を抱えて笑った。ほとんどコントである。

そうしてだらだらと過ごしていると、気づけば日が落ち、掃き出し窓の曇りガラスは濃い灰色に染まっていた。電気もつけずに薄暗く陰った部屋の中、闘威は立ち上がってぐっと伸びをする。

「わり、休憩のつもりがけっこー経ってたな」

「いや、俺もトーイに色々聞いちゃったし。トーイの話聴くの好きだよ。全然違う世界のこと知れて楽しい。でももう帰らないといけないかな」

「帰り道覚えてねーだろ。送る」

「え、いいよ、悪いよ。方角さえ教えてもらえば多分平気」

 遠慮する弘道に、闘威は顔をしかめた。

「いや、お前一人で自転車とかぜってぇどっかで事故る。どーしても一人で帰りてぇなら自転車乗るな」

「そ、それはちょっと、疲れる……」

「だろ」

 だからついてくから、と有無を言わせぬ様子で闘威はさっさと玄関に行き、スニーカーに足を突っ込んで外に出た。自転車に鍵を刺し込んで、手早く土の上に押し出す。しんと冷えた夜の空気が心地いい。沈みかけた太陽が遠くの方で複雑な色の空模様を作りだしている。辺りは真っ暗とはいかないまでも、細部が見えない程度には暗くなっていた。

 自転車によりかかり、なんとなく道路脇にぽつんと立っている街灯の灯りを眺めていると、ガチャリとドアノブを回す音がし、視界の端に、慌てた様子の弘道がドアから出てくるのが見えた。

 リュックを背負いなおし、自転車に手をかけた弘道は、しかし何故か闘威と目が合った途端真顔で固まってしまった。三秒ほど経過してやっと動き始めたが、異様にゆっくりとしている。

「……なんだよ?」

 片眉を上げ闘威が尋ねると、弘道は左手で胸を抑え、小さく嘆息して、謎めいた言葉を発した。

「……俺にも、神様はいるのかもしれないって思って」

「……あぁ?」

 闘威は面食らってまじまじと弘道をみつめる。何言ってんだ、こいつ。いきなりラリったか?

眉間にしわを寄せて弘道に顔を近づけ、乏しい表情から何かを読み取ろうと試みたが、宇宙の瞳に太刀打ちできるはずもない。うっかり見つめ続けると引き込まれて出て来られなくなりそうだ。すぐに諦め身を引いて、りん、と自転車のベルを鳴らした。

「いこーぜ」

「うん」

「あ、ちょい待って、鍵閉めっから」

 安い家賃に相応しいちゃちな作りの鍵だが、しないよりはした方がましだ。一旦ドアのところに戻り、かちりと抵抗を感じるまで鍵を回す。

 どこかぼんやりしている弘道の背中を軽くはたいてからサドルに跨り、ペダルに足をかけてゆるく踏み込んだ。後ろで弘道も動く気配を感じたので、少しずつスピードを上げていく。

 月明かりの下、二台の自転車が暗闇をかき分け舗装された道をするする進む。

 念のため後ろを振り返った闘威は、弘道の頬が高揚したようにうっすらと赤く染まっているのを見た気がしたが、次の信号で止まった時は既にその片鱗すら残ってはいなかった。



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