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 闘威は元々、べたべたした友人関係を経験したことがない。

 幼少の頃より自立心旺盛だった少年は、助け合うとか生涯の友情を誓うとかお互いに切磋琢磨し合うとかいうことがほとんどないつきあいしかせず、自然と寄ってくるのは極端な個人主義者ばかりになった。

 個人主義なのに何故寄ってくるのかというと、力が全ての宇賀三では群れた方が都合がいいからである。布施はそれなりに強かったが集団で襲われたら勝てないし、富永ははしっこく立ち回ってなるべく旨味のある位置をキープするタイプだ。篠塚は一匹狼を貫ける実力と人望があったが、人望がありすぎて弱い者の盾のようなポジションになってしまい、頼ってくる者を守りきるためには仲間をみつける必要があった。

 そして当の闘威は、毎日のように吹っかけられる喧嘩にうんざりしていた。一人だから舐められるのである。いくら強くてもあいつ一人ならなんとかなんべ、という安直な考え方をする者が後を絶たない。俺の下につけ、生意気だな坊主にしろよ、上納金出せそこの一年。そんな愚にもつかぬ台詞を吐かれてキレ続けることに疲れたのだ。

 ゆえに四人はお互いを利用する目的でつるみだし、なんとなく気も合ったのでそのまま友人のような間柄になった。

 闘威は弘道のことを布施達に対するよりは親身に構っているが、だからといって、どこでも一緒にいたいとか常に喋っていたいなどという願望は全くない。しかしそれにしても弘道には近寄れなさすぎた。

 隣の席であるにもかかわらずほとんど話す隙がない。授業中は真面目な生徒ばかりなせいで私語は厳禁、休み時間は恒例のお悩み相談で弘道は信者に取り囲まれている。結局初めて口をきいた日と同じく、掃除時間になるまで、まともな会話ができなかった。

 不安げに見送る同じ班の仲間に気づかないふりをして二人は理科準備室に向かい、薄い引き戸の内側に入ってやっと一息つく。

弘道はロッカーをガタつかせながら掃除用具を取り出し、長箒を一本闘威に差し出して、すまなそうに窺い見た。

「あの、今日大変だったよね……ごめんね」

「謝んなよ、俺もちょっと挑発し過ぎた」

 闘威は箒を受け取り決まり悪げに返す。久能の忠告を受けて、性急すぎたかと少し反省したのだ。

「なんか俺気ぃ短いっつーか、ちょっと考えなしなとこあっからさ、俺がヒロとフツーに話せんだからお前らもできるって気づけよって、手っ取り早くわからせたかったんだよ。でもやっぱ、急に意識変えんのは無理かもなぁ」

 弘道に馴れ馴れしく接したら反発を買うだろうというのは予想していた。弘道をこの上なく特別な存在として扱っているクラスメイト達なのだ。あだ名で呼び捨てた上に、気安く肩を抱いた闘威に衝撃を受けないはずがない。その上で信仰に疑念を持って欲しかったのだが、あまりに彼らにとって常識からはずれた行為だったため、闘威に敵意を抱いただけで終わってしまった。本当は徐々に弘道に対する過剰な敬意を取り払うべきだったのだ。

 自分のやり方が、乱暴というか、雑であることを闘威は自覚している。力技で解決しようとするからこういうことになる。かといって、知略で解決できる気もしない。つくづく、喧嘩で決着をつければ煩わしいことには悩まされない宇賀三時代は楽だった。手首を捻り、ぶん、と箒をペン回しのペンのように振り回しながら、闘威は苦い顔で言う。

「いっぺんにはできねぇな。とりあえず俺がなるべくヒロと普通に話すから、あいつらをそれに慣れさせるしかねぇ」

「そう、だね。問題は樹里人かな。朝のあれでわかったと思うけど、一番熱心に慕ってくれるし、行動的なんだ。反動がどうなるか……俺がもっと闘威と仲良くしたり、樹里人の信仰を受け入れなかったりしたら実力行使にでるかもしれない」

 弘道は憂うるように顔を曇らせる。実際に西野の熱狂的な崇拝ぶりを見せつけられた後なので、説得力があった。弘道の言葉は大げさではない。だが、闘威にはそれほど悲観することとも思われなかった。

「心配すんな、俺はあんなひょろいのには負けねーしあいつが自殺するとは思えねぇ。あいつぜってー殺しても死なねぇよ。そーいう奴だ」

「そうかな? 樹里人、思い込んだら一直線だから、何かあったら勢い余って飛び降りかねないよ?」

「でもあいつ図太いだろ。てめぇの言いてぇことばっか言って人の話全っ然聴いてねーじゃねぇか。あいつの言う通りにしてたらマジで教祖になっちまうぞ。お前トラウマあっからやたら信者に気ぃ遣ってんだろーけど、あんま我慢すんな。あいつらのために生きてんじゃねーだろ」

「……トーイ」

「たまにはさ、我儘言って困らせるぐらいしたらいーんだ。な」

 闘威は机に腰掛けて片膝を立て、ぶらりともう片方の足を揺らした。口調こそ荒っぽくてぶっきらぼうだが、見下ろす眼の気遣わしげな色に、弘道は慰められているような気持ちになる。じわりと胸に広がる暖かさに耐えるように俯いて、右手でズボンの布地を握り締め、小さな声で「うん」と言った。

「俺、誰かとこんなふうに話せる日が来るなんて思わなかった。トーイはやっぱり特別だよ。本当はほかの人とも普通に話せるようになりたい、けど……」

「諦めなきゃなんとかなんだろ。やってやろーぜ。しけた面してハブってる奴らの目ぇ覚まさしたれ」

「うん……頑張って、みる」  

 力強さはないが前向きな返事に、闘威は満足げに口の端を上げた。

 直後、迫る掃除終了時間に気づいた弘道が慌てて掃除を始め、つられて闘威も、机から降りて箒を動かす。理科準備室は普通の教室より狭くて人の出入りも少ないので、そこまで手間がかからないのは幸いだった。

 一通りの掃き掃除を済ませ、闘威がゴミを捨てに行くため廊下に出ようとしたとき、弘道が後ろからその名を呼んだ。

「あ?」

 首を回すと、弘道の思い詰めた顔が見上げてくる。

「あ、あのさ、トーイ……」

「おぅ」

「えっと、うちさ、餃子が余ってて」

 やけに上ずった声で言葉を紡ぐ。

「今日、た、食べにこない?」

「マジ? 行く行く」

 闘威は即答した。どうせ自分の家に帰っても碌な食材はないし、自分で作るのは面倒だし、母親は仕事先で外食予定だし、父親に作ってやる義理はない。美味しい料理が出されることが確定している弘道の家の食卓なら喜んで招待される気持ちだった。

「そう」

 弘道はほっとしたように口元を綻ばせる。

 それを見て、闘威は、あれ、と思った。

 ――なんかこいつ変なこと考えてんじゃね?

 足の向きを変え、正面から弘道を見る。

「あのさぁ、俺別に食いもんなきゃお前ん家行かねーとかないかんな」

「え、で、でも」

 弘道はうろたえて吃る。予想通りだった。闘威は眉間にしわを寄せ、指の節でこめかみをぐりぐりと押す。

「そりゃ旨いもん食えりゃ嬉しーけどさ、それ目当てじゃねぇっつーか、

あー、なんつえばいーかな、お前、フツーに遊びに来いって言えよ」

「そ、したら、来てくれるの?」

「まー暇なら」

「気が向けばってこと? それならやっぱり、ご飯あるよって言った方がいいじゃん、嬉しいことが待ってるってわかれば行く気になりやすいかなって」

「うっぜ」

 思わず口走ると、弘道は怯えたようにびくりと震えた。

「んだよもーめんど、あ、そっか、ヒロ、こーいうの初めてか」

 思い到り、闘威は湧きだした苛立ちを収めようと努める。これに怒るのは気の毒だ。弘道はただ、人との接し方を弁えていないのだ。山ほどの信者に囲まれて拝まれ続けて、でもそれは弘道が努力して得た崇拝ではないから、神聖オーラが効かない人間相手にはどう対処していいかわからない。闘威と仲良くしたいのに、仲良くなる方法を知らないので、とりあえず闘威が好きそうなもので釣って気を引こうとしている。

「しゃーねぇな、お前」

 闘威は弘道の額に手を伸ばし、前髪をかきあげるようにがっと掴んだ。

「何が不安なんだよ。言ってみ」

 顔を上向かせ、目線を合わせる。例の魔力めいた引力はほとんど感じられなくなっており、眼前にいるのは気弱げな少年だ。闘威の強い眼差しを受け、戸惑うように黒目が揺れた。

 弘道は口ごもっていたが、闘威が急かすように軽く頭を揺らすと、じわりと瞳を潤ませながら言葉を絞りだした。

「……だって、俺は価値がない、つまらない人間だ、なのに俺といると周りが騒ぐし無駄に恨まれる。トーイは優しいから今はつきあってくれてるけど、そのうち呆れていなくなっちゃうかもしれない」

「はぁ?」

「俺は、なんかトーイに返さないと、トーイがしてくれるばっかりで、でもどうすればいいかわからなくて、……ごめん。仲良くなれたら嬉しいと思ってるだけなんだ。俺は、俺自身が魅力的な人じゃないから、ものに頼るぐらいしかできない」

「……お前ほんとうだうだ考えんなぁ」

 闘威は呆れ顔でぱっと手を離した。

 そんなことを言ったら闘威にだって価値はない。暴力事件を起こして学校を追い出された不良だ。今の学校でそのことを知る者は少ないが、どこかから噂が広まれば嫌悪されてもおかしくない。だが闘威は、自分が誰かに釣り合わないとか仲良くなったら迷惑をかけるなんて考えたことはなかった。仲良くなりたいなら仲良くなり、関わりたくないなら関わらなければいい。それだけのことだ。

「価値とかどーでもいんだよ、そんなんでダチ決めるか馬鹿。だべって楽しいとかなんとなく気に入ったとか、一緒にいる理由なんてそんなもんだろ。全部大好きなんてありえねんだから、ヒロのことうぜぇと思ったらうぜぇって言うけど、それは嫌いっつー意味じゃねぇんだよ」

 乏しい語彙力の限りを尽くして説明するが、弘道の不安げな表情はなくならない。闘威はがしがしと自分の頭を掻き乱し、舌打ちした。

「……俺はさぁ、マジで縛られんのヤなんだよ。好きなときに好きなことしたい。でもお前がそんなに怖いっつーなら、約束してやる。ヒロにもう一人フツーのダチができるまでは、絶対ついててやっから。お前を置いてったりしない」

 だからもううじうじすんなよ、と間近で目を合わせて言う。泣きそうに顔を歪ませていた弘道は、とうとう目尻から一粒涙を溢し、こくりと頷いた。一瞬星のように煌めいた雫は、掃き清められた床の上に落ちて、ただの塩水に戻った。



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