七話
話によると、どうやら淡雪の母紅雪が「遊屋」という名の曖昧宿で出会った春馬という男の子を身籠り、淡雪のことを嫉視しているらしい。淡雪はそのこで毎日酷く頭を悩ませるも、相談できる相手もおらず孤独感と喪失感に苛まれていたのだそう。荒野は淡雪を心配するも、淡雪に頼れるのは自分だけと言われたことがとても嬉しかった。
「ありがとう、淡雪。私は淡雪に頼られて、とても嬉しいよ」
荒野は右脇に座っている淡雪の頭をそっと撫でた。淡雪は俯いていて表情があまり見えないが、未だに止まらない涙に荒野は心を痛めた。
「淡雪、淡雪は今このことを誰に話すべきで誰に話すべきでないかで迷っているだな?」
「…は、い」
荒野の質問に淡雪は声を絞り出した。荒野は淡雪の裏返った声を聞き、さてこれからどうすれば良いものかと考えた。
「まだ父上や母上には話すべきではないだろう。…淡雪。その曖昧宿、この目で確かめに行くか?」
「え………?」
荒野は羞恥の念を隠すように頭を掻きながら尋ねた。淡雪はそんな荒野を見上げ、自分も恥ずかしくなりすぐに目線を逸らした。
「そのだな、ええと。私も剛ノ町の次期領主として、そのような不埒な店を取り締まらなけばならないのでな…。だから、もし淡雪が確かめたいと思うのならば私と一緒に…」
荒野は淡雪たちの住む剛ノ町の領主、剛ノ荒原の一人息子であり、次期領主であった。つまり、剛ノ町では二番目に偉い人ということになる。
何故高位である荒野が淡雪と恋人の関係にあるのか。それは淡雪も聞かされていないが、それは荒野も同じである。淡雪は何故荒野の申し出を受け入れたのか、荒野には言ったことが無い。そもそも、互いに聞かなかった。暗黙の了解というやつだ。
淡雪にとっては、荒野に恋人になってほしいという申し出は好都合だった。淡雪にとってはというよりも紅雪にとっては、だが。紅雪は金が欲しかった。それは勿論、隠し子である春雪を隠し通すための維持費としてだ。金を手に入れるためには、働いて稼ぐか誰かに貢いでもらうかしかなかった。つまり、荒野は淡雪に、紅雪にとっては貢いでもらうために利用されているのだった。もっともそれは、お互い様と言えるのかもしれないのだが。
「私、行きます。荒野様、是非私も連れて行ってください」
淡雪はしばらく黙って考え、やがて意を決し荒野に告げた。荒野は少し生気の戻った淡雪の表情を見て、曖昧な微笑を浮かべて頷いた。
「ただいま、淡雪。今日はどうだったの?」
「…おかえりなさい、母様。今日は町には出ずにずっと公園でお話をしていたの」
紅雪は下駄を脱ぎながら「そう」と短く言った。自分から聞いたにも関わらず、まるで興味を示していなかった。紅雪が聞きたいのは、淡雪が荒野を怒らせていないかということと、きちんと貢いでもらっているかだけである。淡雪と荒野が何をしたかなど全く以て興味が無いのだ。
「母様」
「何?」
淡雪はふと自室に行こうとする紅雪を引きとめた。そして、少し俯いて考えるそ素振りを見せると、笑顔を作り
「いえ、やはり何でもありません」
と言った。