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歪み愛  作者: 真鳥 狩亜
壱 母親と父親の歪んだ愛
6/9

六話

「淡雪、淡雪…?」

剛ノ荒野は恋人である淡雪の明らかにおかしい様子を心配した。しかし、淡雪は荒野の声に気付いているのかいないのか、ぎゅうっと本の様なものを握りしめてずっと無反応なのである。きっと深刻な何かがあったのだろうと、荒野は淡雪が気付くまで隣で様子を見ることにした。

「…母様……どうしてなの?私…どうしたら、良いのよ…」

「淡雪?」

淡雪の表情はみるみるうちに曇っていき、頬に汗と涙の交じったものが流れた。荒野は、さすがにこれは不味いのではと本の様なものを持った淡雪の小さな手を自分の手で包んだ。淡雪の手は、冷えて酷く汗ばんでいた。

「…荒野、様…?す、すみません。い、いつからこちらに…?」

淡雪はやっとのことで荒野の存在に気付き、まだ冴えない表情で荒野を見上げた。荒野はこういう時に淡雪にどうしたら良いのかわからなかった。恋人は淡雪が初めてだったし、そもそも淡雪が荒野にこんな弱みを見せるのだって初めてだったからだ。淡雪は、いつだって荒野に迷惑を掛けまいと弱い自分を胸の奥の奥に仕舞い込んでいた。荒野は時折少しは頼ってほしいとは思うことがあったが、荒野と淡雪の間にはには位という大きな壁があり、荒野の目前に立ちはだかっていた。

「…荒野様?」

だから、今の荒野には淡雪の頭をそっと撫でることしか出来なかった。荒野は自分の無知を恨んだ。もっと他に淡雪にしてやることがあったのではと、自責するもどうにも荒野にはこれ以上のことが出来なかった。

 しかし、淡雪にとってそれは救いの神が舞い降りたように思えて、とても嬉しかった。荒野に触れられるのは、多分これが初めてだろうと淡雪は強張らせていた頬を緩めた。そして、すうっと一息吸って気持ちを落ち着かせた。

「取り乱してしまい、申し訳ございません。その…」

淡雪は荒野に謝罪の言葉を述べ、自分の独り言をどう説明すべきか口籠った。目を伏せ口籠る淡雪を見て、荒野は淡雪の頭を撫でる手を止めずに言った。

「淡雪、無理に説明せずとも良い。話したくなれば話してくれ」

「は、はい!……いえ。やはり今話します」

淡雪は意を決したようで真っ直ぐに荒野の瞳を見つめた。


 荒野は淡雪を桜の木公園の一番奥の陽のあたる腰掛けに行こうと誘った。二人は腰を下ろすと、しばらくお互いの間合いを計った。やがて、荒野が重い口を開いた。

「先程から気になっていたのだが、その本の様なものは何だ?」

「これは…、母様の日記です」

淡雪は誤魔化すような苦笑いを浮かべた。そして少し目を伏せ、じいっと膝の上に置いた「子育て日記」を見つめて言った。

「母様が…他の男の方と…。きっと母様は私のことが邪魔でしかたないの…」

淡雪の口から出たその言葉に荒野は固まった。何と答えればよいのかもわからなかったのだ。

 嫌ね、私、荒野様に何を話しているのかしら…。荒野様に愚痴をこぼしたところで私の気持ちも変わらないし、もしかしたら荒野様に呆れられて捨てられるかもしれないのに。でも、それでも…。荒野様はこんな駄目な私の話を聞いてくれると仰ったわ。もう、今頼れるのは荒野様しかいないもの。父様に話すにはまだ間合いを見計らなければならないし、母様に直接話したら捨てられてしまうかもしれない。それに、私、まだ母様を信じたいわ。あんなのきっと嘘だわ…。そう、嘘。きっと全部嘘なんだわ…。

 淡雪の眼からはぼろぼろと大粒の涙が溢れ出てくる。淡雪はそれにも気付かず、ただひたすら現実から目を背けた。

「ごめんなさい、荒野様。荒野様だって忙しいのに…。私、私…どうすれば良いのかわからないんです。もう、頼れるのは荒野様だけなんです…」

淡雪は裏返った声で必死に荒野に訴えた。酷く歪んだその美人顔を、荒野はただ呆気に取られて見つめていた。

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