五話
~「子育て日記」より~
一六〇九年十二月二十日
娘の淡雪がついに産まれた。とても可愛くてとても愛おしい。淡海さんは私に似ていると言ったけれど、淡雪はきっとかっこいい恰好の良い淡海さんに似たのだと思う。だって私は不細工で、中位なのに中位では結婚できる相手なんていなくて。だから私は低位の淡海さんと結婚したのだもの。最初は好きで結婚したわけじゃないから不満ばかりだったけれど、淡海さんはこんな私にとても優しくしてくれて。だから、私は淡海さんと二人で一緒にこの愛おしい淡雪を育てようと思う。
・
・
・
一六一〇年六月一七日
そろそろ限界かもしれない。やっぱり私と淡海さんは合わないんだわ。だって淡海さんたら淡雪が産まれてからというもの、一緒に街を歩くことすらしてくれないんだもの。いつもいつも時間がないだなんて、きっと嘘に違いないわ。だって前までなら喜んで出掛けてくれたのに。もしかしたら私以外の美人な女が出来たのかもしれないわ。不細工な私はもういらないのね。悔しいけれど、これが現実だししょうがないわ。淡海さんが他の女に逃げるのなら、それはそれ。私だって傷つけられっぱなしじゃないのよ。
一六一〇年六月一八日
お隣の晴輦さんに教えてもらったのだけど、五十嵐ノ国の西端にある花街暁ノ町にある貸座敷屋がこの剛ノ町にも公認ではないもののあるのだそう。そこは「遊屋」というお店で琴占の店を装った曖昧宿で、何でも合言葉を言えば誰でも入れるそうなの。淡海さんももしかしたらそこに行っているのかもしれないわ。明日、私も行ってみようかしら。もう、淡海さんといても私は満たされないもの。
・
・
・
一六一〇年九月三日
あの日から、「遊屋」に通い始めてからもう三カ月。これで五回目だわ。春馬君は私の様な寂しい女を喜ばせるのが上手だわ。きっと春馬君も私とは違う理由でも寂しいのだと思うわ。幼い頃に両親を亡くしてそれと同時に行き場を失って、「遊屋」以外で自分を受け入れてくれるところが無かっただなんて。でももう大丈夫。春馬君には私がいるわ。月に二回しか会えないけれど、でも二人でお互いの傷を舐め合って。嗚呼、私はもう春馬君さえいれば何も要らないわ。
・
・
・
一六一一年四月三日
嗚呼、どうしよう。お腹がどんどん大きくなっていっているわ。もう太ってしまったでは誤魔化しきれないわ。しばらく家を留守にしなければならないわね。大丈夫よ、あと三カ月の辛抱だもの。華ノ宮様に仕えている亜季さんも「遊屋」に通っているのを前に見かけたことがあるわ。亜季さんに頼めばきっとどうにか出来るわ。淡雪のことは心配だけれど、今はそれどころじゃないわ。娘も大切だけれど、いざという時は自分のことを大事にしてと春馬君も言ってくれたわ。
・
・
・
一六一一年七月一六日
ついに、息子が産まれた。これでもう心配はいらないわ。だなんて、そんなのは嘘よ。大変なのはこれからなの。息子の春雪を隠さなければいけないの。隠す場所は心配いらないのだけど、でも、お金が掛かってしまって…。仕方がないわ、これからは今まで以上に働かなくては。嗚呼、淡雪が恨めしい。私は何故、あのように美しく可愛い娘を産んでしまったのかしら。あんなに美しくて目立つ娘なんて、消してしまったらすぐに疑いの眼が私に向けられてしまうわ。せめて娘じゃなくて息子なら…。お金が掛からなくて済んだものを。