二話
淡雪は今日もいつものようにいつもの場所で荒野と待ち合わせをしていた。淡雪は荒野よりも位が低いので、荒野よりも早く待ち合わせ場所に着いておくことなど当然だった。そして、今日もいつも通り待ち合わせの時間よりもかなり早く待ち合わせ場所に着き、あとは荒野を待つだけ…の筈だった。しかし、待ち合わせ場所にはもう既に荒野が到着していた。
淡雪は、公園の中央に植えられた桜の木に寄りかかっている荒野を見た途端慌てふためき、まずは謝らなければ…と思った。
「こ、荒野様。此の度は大変申し訳ございません!次からはもっと早く来るよう確りと気を付けますので…」
「すまない淡雪。淡雪は謝らなくて良い。謝らなくてはならないのは私の方だ」
「え?」
荒野は普段淡雪と話すときはもっとゆっくりのんびりとした口調で話すのだが、しかし、今は相当焦っているらしく早口で所々聞き取りにくくなっていた。
「いつも淡雪に渡している瓦版があるだろう?」
「ええ、ええ」
淡雪は、普段話の聞き手にまわってばかりの荒野の話を一語たりとも逃すまいと、相槌を打ちながら耳を澄ました。
「あの瓦版を印刷しているのが私の友だということは前も話したことだが、実はだな、その印刷所が火事で燃えているそうでね…」
「ええ…」
荒野の話の流れから嫌な予感がしたのか、淡雪は町の北の方で立ち上っている灰色の煙を眺めつつ憂鬱そうな表情で相槌を打った。
「その、すまないのだが。友の身が大丈夫かどうかだけ確かめたいのだ。だから…」
「ええ、わかりました。私は大丈夫ですから、早くお友達の身の安全を…」
淡雪は切れ長の眉の端を下げて、微笑んだ。荒野は淡雪に感謝の言葉を一言述べて、桜の木公園を後にした。
「はあ……」
淡雪は、目線を砂利道に落としながらため息をついた。
ええ、ええ。わかっていましたとも。そう、結局はそうなのよ。初めから分かっていたことだわ。だって私たちは偽りの恋人だもの。私も荒野様も初めからお互いが好きで恋人になったわけじゃないもの。今だってそう。荒野様は優しい。それはもう、お天道様だっておっかなびっくりするくらい。荒野様の下さるお言葉がどれだけ私の心を揺さぶっているのか、きっと荒野様は気付いてはいないでしょう…。私よりもお友達を取るくらいだもの。
「甘味屋にでも寄ろうかしら…」
淡雪はぽつりと独り言を呟いて、静かな公園で一人寂しくなった。先程まで荒野が寄りかかっていた桜の木を恨めしそうに見つめると、やがて何かを諦めたようでとぼとぼと甘味屋とは真逆の方向に歩き始めた。
そうよ、私は一体誰に焼餅を妬いているのよ。相手はお友達だわ。きっと男に違いないし、何よりお友達が危機に瀕しているんだもの。私よりもお友達の方を優先するのはむしろ当たり前じゃない。いけないわ、すぐに誰かに嫉妬している様じゃ重い女だと思われてしまう。気を付けないと…。
淡雪は一人、自分で自分に説教をしながら家路に着くのでした。