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 私が目を覚ましたのは、翌々日の午後三時。

 東悟の家の客間だった。

 十二畳の和室の布団に、私は寝かされていた。

「頭がガンガンするー」と言う私に、頭痛薬と何故かあんパンを一つ渡し「寝過ぎだよ」と眉を 寄せた東悟の表情は、哀しげだったけど、どこかスッキリして見えた。

 沙希は、あの夜、私が何かが見えると言って指さした山の中で、服毒自殺している姿で発見された。

 亡推定時刻は、神社へ行くと家を出てすぐだった。

 私が最初のメールを受け取った時、沙希は既にこの世には居なかったのだ。

 残された遺書には十三年前、妹の早苗ちゃんを些細な喧嘩から誤って死なせてしまい、庭の花壇に埋めたこと。

 最近、既婚者の男性との間に子供を身籠もり、流産の末その男性にも捨てられてしまい自殺に至ったことが記されていた。


 早苗ちゃんは、遺書の示す新庄家の花壇の下から、白骨体として発見された。

 ただ、いくら幼い少女だとはいえ、その遺体を当時12歳だった沙希一人で埋めたとは考えにくいことから、家族が取り調べを受けている。

 あの向日葵。

 見事な大輪の向日葵は、

 早苗ちゃんの亡骸を苗床にして、咲き誇っていたのだ。



 東悟は、『かごめかごめ』の歌の言い伝えを教えてくれた。

 あまり良い話しではないので、私が聞いた時あえて言わなかったのだそうだ。

「かごめかごめの歌の意味には諸説あるが、どれもみな余り良い意味じゃないんだ……」

 東悟の話によれば、かごめは『籠女』で、遊女を表すとか、妊娠している母親を表す言葉だとも伝えられているのだと言う。

『籠の中のとり』は『母親の胎内の子供』

『つるとかめがすべった』は流産を指している。

 何種類か聞いた中の一つの説が、心の奧に深く突き刺さった。

 きっと私は今後、この歌を自らが口ずさむ事は決してないだろう。

 でもきっと、忘れない。

 忘れられない。

 それは、悲しい確信。


 東悟の話を聞き終えた私は、あんパンを一かじりして顆粒の頭痛薬を水で流し込み、傍らで胡座をかいて私の様子を眺めている東悟の顔を覗き込んだ。

「ねえ、東悟?」

「何?」

「あの時、あそこに現れたのは、沙希だったのかな?」

 沙希の姿をしたあの霊。

 私はあのとき、沙希じゃないと否定した。

 でもそれは、私がそう思いたかっただけで、本当は間違いなく沙希だったのかも知れない。

 今になって、そんな考えが頭をよぎる。

 もしも、あの霊が沙希なら……。

 私は沙希に憎まれていたことになる。

 親友だと思っていたのは、私だけだったのかも。

 そもそも、沙希が不倫に悩んでいたなんて、私は露ほども知らなかった。

 ましてや、早苗ちゃんの事は未だに信じられない。

 私は、一番近くにいながら沙希の事を何も知らない。

 ううん。

 知ろうとしなかった。

 それだけでも十分、友人失格だ。

「違うよ」

「え?」

 妙にきっぱり断言する東悟の返事に、私は思わず間の抜けた声を上げてしまった。


「言っただろう。あれは亡者だって。沙希ちゃんの無念の思いにつけ込んだタチの悪い悪霊だ。 沙希ちゃんは、お前を陥れるような人間とは違うだろう?」

 ん? と東悟が私の顔を覗き込む。

 そうなら、嬉しいんだけど。

「なあ、香織」

「うん?」

「こんな時に、なんだけど」

 そう言って、ニカッと笑みを浮かべる東悟の瞳に、ちょっと悪戯小僧のような少年めいた光が揺れる。

「うん」

「俺は、お前に惚れ直したぜ!」

 って東悟は、私をギュウギュウ抱きしめて、熱いキスをくれた。

 ――のは良いんだけど、あんパンと頭痛薬のミックス味がしたのだろう、『うげぇ』と言う顔をして、『水、水』と言いながら走って部屋を出て行ってしまった。


 ばかね。

 思わず口の端が上がる。

 沙希が死んだって言うのに、それでも笑える自分に感心してしまう。

 私は案外、自分が思っているより冷たい人間なのかもしれない。

 沙希。

 あのメールは、きっとあなただね?

 私に危険を知らせてくれたんだよね?

 答えは無い。

 ただ、東悟が閉め忘れた襖の間から、少し秋の気配の混じった乾いた空気が流れ込み、私の頬を優しく撫でて行った。


 ――かごめかごめ、かごのなかのとぉりぃは

 その風に乗ってどこからか、子供達の楽しげな歌声が聞こえてくる。

 遠くで、夏を惜しむかのようなヒグラシの鳴き声が、何処かもの悲しく響いていた。


  ―了―





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