七
あせって周りを見渡す私の目に、闇にボオッと浮かび上がるお供え物の日本酒の一升瓶が目に入った。白い包装紙で包まれたその瓶は、しめ縄が掛けられている。
あれだ!
私は、硬直状態の東悟の腕から下にずり落ちると、日本酒の所まで床を這って行った。白い包装紙をはぎ取り、アルミのキャップを外し、栓を指でこじ開けようとした。
でも指が震えて、上手く外れない。
ええいっ!
私は観念して、頑丈なだけが取り柄の前歯を瓶と栓の間にこじ入れ、気合いとともに引き抜いた。
スポン!
場に不似合いな剽軽な音を響かせ、瓶の栓が抜ける。
私は、一升瓶を抱えて東悟の元に駆け寄った。
「消えろ、化けものっ! 消えちゃえっ!!」
叫びながら東悟の首を絞める腕目がけて、一升瓶のお酒をドボドボとぶちまける。
ビシュウゥッ。
まるで焼けた石を水に落としたときの、蒸気が吹き出るような異音が上がった。何かを焦がしたような、きな臭い匂いが辺りに充満する。
そして上がる、声。
人間のものとは思えない叫び声。
「やめてよぉ、香織ちゃん、くるしいよぉ」
早苗ちゃんがあどけない声で、苦しげにささやく。
「香織、やめて。タスケテ……」
沙希が、消え入りそうなの声で、悲しげにささやく。
違う。
違う!
違うっ!!
辺りに漂うきついアルコール臭に、飲めない体質の私は、くらくらしてくる。
体が、泥のように重たかった。
だんだん、意識が遠くなる。
ああ、もうだめかも。
ごめんね、東悟。
薄れ行く意識の下で私は、かごめかごめの歌を聞いたような気がした。
「ねえ、香織」
「なあに、沙希。どうしたの?」
『今年のお盆休みは有給を纏めて取ったから、先に一人で帰郷する』と言う沙希は、出立間際、会社にいる私に電話をかけてきた。
「東悟君と、いつ結婚するの?」
「ええっ!?」
なにを、藪から棒に。
いきなり切り出されたセリフに驚いた私は、素っ頓狂な声を上げてしまった。危うく携帯電話を落っことしそうになる。
いくら人気の無い給湯室でも、うるさい課長にでも聞きとがめられたらやっかいだ。
私は周りに人が居ないのを素早く確認して、声のトーンを落とすと早口に囁いた。
「そんなの東悟に聞いてよ! 私一人じゃ結婚できないんだからっ。課長が来たらヤバイからもう切るね」
くすくすくす。
「分かったわ。そうする」
電話から聞こえる沙希の声は、楽しそうだった。
「じゃ、また向こうでね! みんなでバーベキューでもしよう」
「そうだね」
何気なく思いつきで言った私の提案に答える声に、暗さなんて微塵も感じられなかった。
沙希。
沙希――。
何処よ。
何処にいるの?
聞きたいことがあるの。
ほら、『かごめかごめ』の歌。
あれってどんな意味があるの?
沙希なら知ってるでしょ?
ねえ、沙希。
教えて。
教えてよ。
お願いだから、帰ってきて。