四
陽も傾きかけた夕方。
私と東悟は、『おばさん』こと沙希のお母さんのお見舞いに病院を訪れていた。
遠くに聞こえるヒグラシの忙しない鳴き声が、どこかもの悲しく響いてくる。
町の小さな個人病院は、お盆休みなためか閑散としていて、それが余計に私の気持ちを重くした。
「香織ちゃん……」
私の姿を見るなり、おばさんは、そう言って声を詰まらせた。
簡素な白いパイプベットの上に横たわるその姿は、私の記憶の中のイメージよりも大分やつれていた。
元々太っている人ではないけど、今は痩せすぎている。
シワと白髪の増え憔悴しきったその姿は、見ているのが辛かった。
「おばさん……」
私もそれ以上、言葉を続ける事が出来ない。
「沙希が、帰って来ないの。早苗と同じに、帰って来ないのよ」
おばさんの硬く握られた筋張った手の甲に、涙の滴が一つ二つとしたたり落ちる。
声を殺してむせび泣くその姿に、私は掛けるべき言葉が見付からなかった。
でも、聞かなければ。
私は意を決して、口を開いた。
「おばさん、沙希の携帯電話は何処にあるんですか?」
沙希の携帯電話のメールの送受信データ。
多分、そこに何か答えがある。
私は、そう確信していた。
沙希の失踪は、警察では事件としては扱われておらず、沙希の携帯電話もおばさんが所持していた。許可を得て、メールボックスを調べてみたが結局、私にメールを送った記録は残されてなかった。
着信も送信も、記録が残らないメール。あれは、幻だったとでも言うのだろうか?
沙希は一昨日の夕方家に帰るなり『神社に行く』と言い残し、ふらりと出て行ったのだと言う。
辺りはもう黄昏から夕闇へと変わりつつある。 青々と茂る田んぼの稲穂は、夕日を受けて朱色に染まっていた。
その中央に走る、広い真っ直ぐな農道を夕日を目がけて走り抜けていく。
ゆっくりと流れていく、夕日を受けて全てが赤く染まる風景を車の窓越しに見詰めながら、私はためらいがちに口を開いた。
「神社って言ったら、東悟のとこだよね?」
「うん……。多分そうだろうな」
何か、考え込むように目を細めて前方を見詰めたまま、東悟がボソリと呟き相づちを打つ。
――神社に何があったのだろう?
峰岸神社は、地元でも大きな神社で敷地もかなり広い。
ただでさえ田舎で人家がまばらな土地柄。
神社の周りは、更に人家が少ない……というか皆無だ。
おそらくは、目撃者を捜すのは容易なことでは無いだろうと、素人の私でもそう思う。
じゃあ、どうすればいい?
ピロロン、ピロロン。
考えに沈んでいた私は、不意に響いたメールの着信音に驚いて、思わず飛び上がりそうになった。
私の携帯だ。チラリと東悟と視線を合わせる。
ある予感に、胸の鼓動が跳ね上がる。
私はジーンズのポケットから携帯を取り出し、メールボックスを開いた。
『2007/8/13
19:14
送信者・新庄沙希
タイトル・なし
本文
『かごめかごめ
かごのなかのとりは
いついつでやる
よあけのばんに
つるとかめがすべった
うしろのしょうめんだあれ?』
その文面を見た瞬間、ゾクリと背筋を何か冷たいものが通り抜けた。
やはりそうか。
最初の意味不明のメールの内容は、これと同じ物だ。
根拠があるわけじゃない。でも、私はそう確信した。
「なんだ? どうしたんだ?」
「かごめ、かごめ……」
「え?」
私の異変を察知した東悟が車を路肩に止め、がちがちに握りしめていた携帯を私の手から外して、その画面に目を走らせた。そして小さく息を呑む。
「かごめかごめの……歌?」
眉根をギュっと寄せる東悟の表情は、いつになく険しい。
「まさか、今日沙希ちゃんからあったメールの内容って、これと同じだったのか?」
東悟の問いに、私はゆっくりと頷いた。
「うん。あの時は『かごめかご』だけしか書かれていなかったけど、多分同じだと思う」
「かごめかごめ……」
呟く東悟の声が、狭い車内に虚ろに響いた。
神社に着いた頃は、すっかり辺りは夜のとばりに包まれていた。
闇の中、ぽっかりと浮かんだ青白い満月。
その月明かりの下、照らされ浮かび上がる神社のお社は、荘厳と言うよりは恐怖の念を抱かせる。その内に潜む何か得体の知れない力を感じて、私はぶるっと身震いをした。
足下を照らすのは、頼りない懐中電灯の明かりだけだ。心細いことこの上ない。
「やはり、沙希ちゃんが来た痕跡は見付からないな」
「うん……」
東悟と二人で神社の敷地をぐるりと回ってみたが、沙希がここに来たと言う証拠は何処にも見い出せなかった。
「沙希……」
無駄とは知りつつも私は友人の姿を求め、ゆっくり神社の境内を見回した。手入れされた植木の向こうは、鬱蒼とした自然の山が深い闇を懐に抱いて静かに佇んでいる。
沙希、あなた一体、何処にいるの?
答える者は無く、ただ静寂だけが世界を支配していた。