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「え!? 今、なんて言ったの、お母さん!?」

 家の玄関でいきなり聞かされた母の話に、私は頭の中が真っ白になった。信じられない。

「一昨日帰って来るなり、自分の部屋に荷物を置いて、ふらりと出て行ったっきり戻らないそうなのよ。警察には捜索願いを出したらしいんだけど、まだ見付からないって……」

 沙希の事だ。沙希が、一昨日から行方不明だと言うのだ。

「そんな、ばかな……。だって、今日私、沙希からメールを貰ったよ?」

 私はジーパンの後ろポケットに突っ込んであった携帯電話を取り出し、震える指先でメールボックスを開いた。

 が――。

「え!? な……んで? 確かにメールが、来たのに……」

 私は信じられない思いで、メールの着信記録を探した。端から端まで隈無くスクロールして何度も確認する。

 でも、見付からない。

 確かに来ていたはずの沙希からのメールが無かった。

 私は、慌てて沙希のケータイに電話を掛けた。

 ぷるる。

 ぷるる。

 出ない。呼び出しはしているのに、沙希は出ない

 呼び出しはしている!?

「携帯! 携帯が繋がるんなら、警察で電波を追えるんじゃない!?」

 私の質問に、母は哀しそうに目を伏せた。

「携帯電話は、荷物と一緒に家に置いてあったんですって」

「そんな……」

 なら、電話など掛けたところで意味がない。

 私はがっくりと肩の力が抜けてしまい、ため息をつきながら携帯電話を切った。KBR>

 携帯電話を持たないで出ていったと言うことは、沙希に遠くに行くつもりはなかったと言うことだろうか?

「妹の早苗ちゃんもまだ見付からないのに、姉妹二人揃ってなんて、新庄さんお気の毒に」

 ため息混じりに呟く母の瞳には、同じ娘を持つ母親としての同情と共感が色濃く表れていた。

 そう。

 沙希の妹の早苗ちゃんは十三年前、六才の時、行方不明になっていて未だに見付かっていない。当時は『神隠し』だとテレビや新聞でもさんざん騒がれたものだ。

 それが今度は、沙希まで。

 沙希に良く面差しの似た、沙希のお母さんの線の細い哀しげな面影が浮かんだ。

「お母さん、私、沙希の家に行って来る!」

 私のセリフに、母は驚いたように目を丸くした。

「香織! よしなさい! 新庄さんんちは――」

「行って来るよ!」

 何もしないで鬱々と待っているなんて性に合わない。

こういうときは、行動有るのみだ。

 母の制止を振り切った私は、玄関に荷物を置いたま飛び出した。

 徒歩で十分。

 走れば5分も有れば着くだろう沙希の家に向かって、私は一目散に駆け出した。



「な……に、これ?」

 上がる息の下、私はやっと声を絞り出した。

 むっとする刺激臭が、あたり一面に漂っている。

 沙希の家の前。目に飛び込んできた光景に、私は思わずその場で棒立ちになってしまった。 そこに有るはずの沙希の実家が無かった。

 いや、あるにはあるのだが、それは最早家とは言えないだろう。やけ崩れて、黒い燃えかすとなった家の残骸が積み重なっている。

 私は、敷地の中に視線を巡らせた。

 見覚えのある植木、庭石、倉庫。そして、手入れの行き届いた美しい花壇。 その花壇の中で、大輪の向日葵が、夏の日差しを浴びて咲き誇っている。その向日葵の間を、何かがチラチラ動いているのが見えた。

 黄色い、麦わら帽子。赤いリボンが風に吹かれて、向日葵の葉と一緒にユラユラ揺れている。白いワンピースの……女の子?

 クスクス。

 え?

 その笑い声に、聞き覚えがあった。

 夢だ。夢の中の子供の笑い声。

「香織!」

「きゃっ!?」

 不意に背後から声を掛けられ、私は文字通り飛び上がった。慌てて後を振り返ると、私と同じに驚いた顔をしている東悟が立っていた。

「脅かすなよ香織。びっくりするじゃん」

「それは、こっちのセリフだよ。心臓が止まるかと思ったじゃない、もうっ!」

 安堵感が軽い怒りに変わり、思わずバチンと東悟の胸を叩いた。

「悪い悪い。家に着くなり、沙希ちゃんの事を聞いて驚いて飛んで来たんだ。お前もか?」

「うん。そうなんだけど……。これ、どういう事? 火事になったの?」

「ああ。昨夜、失火だそうだ」

 失火?

 沙希の失踪と何か関係があるのだろうか。

「おじさんや、おばさんは!?」

 まさか。

「心配ない。二人とも無事だってさ。ただ……」

 口ごもる東悟のセリフに、嫌な予感が胸を掠める。

「ただ?」

「ショックで、おばさんが入院してるらしい」

「おばさんが……」 

 無理もない。

 唯一残った娘の失踪と、家の火事。ショックを受けない方がどうかしている。

 それにしても沙希。

 実家の一大事に、あなたは何処にいるの?

 クスクスクス。

 心の中で逡巡する私の耳に、また子供の笑い声が聞こえて、慌てて花壇に目をやった。

「どうした香織?」

「声……がした」

「声って? 誰の声?」

 聞こえていないのか、東悟は訝しげに眉をひそめている。

 私は声の主の姿を見つけようと、一心不乱に花壇の中に目を凝らした。

 でも。

 ユラリ、ユラリ――。

 そこには、風に吹かれてユラユラと揺れている向日葵の姿があるだけだった。


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