プロローグ
「公園の ベンチに佇む 乙女かな」
「…なぁんて、俳句なんて知らないっつうの」
漕ぐたびにギィ、ギィと軋む、もはや風格さえ漂わせつつある古びたブランコに跨がりつつ、自虐的に「へへへ」と笑う。
里実は花も恥じらう16歳。
「いってきまーす! 」と家を飛び出した直後、スカートを一巻き二巻きと捲し上げる。
休み時間にファッション雑誌を見ては友達とキャッキャと騒ぐ。学校帰りはファーストフード店で最低2時間は粘りつつ、密かに狙うクラスメイトの森本君情報の収集に勤しむ。
まあ、早い話しがどこにでもいるイマドキの高校生なのだ。
そんなうら若き乙女が誰もいない公園のブランコをギィ、ギィとやっている。その時間、なんと深夜0時5分。
賢明な読者なら顔をしかめる状況である。本人もそれは充分承知しているのだ。
「本来夜遊びは程々にしているから、たまに息抜きで来るだけなの! 10分だけのリラックスタイムなの! 」
と、本人が釈明するので、そこは多目に見て頂きたい。
所々ペンキが剥がれ、木が剥き出しになったくすんだ黄色のベンチ。
どこかの園児が忘れていったスコップが、選ばれし勇者を今か今かと待つ『伝説の剣』の如く突きさっている砂場。
半径100メートル先からでも嫌な臭いが想像出来る公衆便所。
いわば日本人なら誰もが一度は遊んだことがあるような、平凡な公園だ。
夕方や土日には小さな子どもや、母親の声で溢れる場所。にも関わらず、時計の短針がたった半周するだけで、それらが元々なかったとさえ感じられる静寂。そして不安感。
なんかこの公園を私が全て支配したみたいだ。
そんなどことなく王様になった気分になれるこの場所が里実はお気に入りなのだ。
もちろん、いつどんなケダモノがこの純情美少女(本人いわく)を襲ってくるかわかったものではないので、防犯ブザーを携え、警察にいつでも通報できるように携帯には110番をセットしている。
それにすぐ真横には交番もあり、住宅街で人通りもそこそこ多い。よほどのことがない限り、まず問題はないという点でも、ここは「ベストポジション」なのだ。
だからこうして、育ち盛りのお腹を治める為にコンビニに向かった帰り道や、テスト勉強の息抜きなど何かと理由をつけてはフラッと来てはブランコを揺らす。
本日も例に漏れず、肉々…いや憎々しい腹の悪魔の誘惑に勝てず、ポテチとプリンを片手に定位置に腰を下ろしているのだ。
いや、違う。
もちろん、腹の虫を治める為の戦利品は手にしているが今日はそっちがついでなのだ。はっきりした目的を持ってここに座っている。
「ったく、それにしても遅いわね」
フワッと風が通る。ドライヤーで適当に乾かした髪がペタッと首筋をなぞって、思わず「ヒャッ」と驚き、体が跳ねる。
「夜になるとまだ冷えるわね」
ウウッと身震いした後、今のファッションコーディネートを思い出す。中学の体育祭で作った真っ青な下地に「永遠友情! 3年2組」とオレンジでデカデカとクラスTシャツに、小学生の時に履いていた短パン。足下には母がいつも使っている茶色の健康サンダルだ。
「そりゃ、いくら7月っても寒いわけだ」
次会った時はマジで説教だな。怒りを含んだ口調でポツリと呟き、ザッザッと出口に向かって歩きだす。
それによく考えたらこの姿で知り合いに会ったら恥ずかしすぎる。
少し足早に去ろうとした瞬間、フラフラッとこちらに近づく影が見える。警戒心を強めながら目を凝らすと、見覚えのある猫背の男性が姿を現した。
「遅いわね! 寒くて凍え死ぬ寸前よ! 」
ゲシゲシとふくらはぎに、蹴りをかます。
「ゴメンゴメン。なかなか仕事が終わらなくて」
黒渕のメガネをスッとあげながら、弱々しく男が謝る。
「それにしても、さすがに7月の半ばに凍え死ぬわけ…」
「うるさい。次口答えしたらここで叫ぶから」
男がしどろもどろになりながら、「それはマズイよとっても…」と情けなく返す。
「まあいいわ、とりあえず何か作戦の一つでも考えてきたんでしょうね」
「うん、とりあえずは…でも本気なのかい?」
恐る恐る男が訪ねる。
「本気よ。だって悔しいじゃない。私たちならもっとスマートにできるんだから」
語気を強め、里実は男を見つめる。それならば、と男がゴソゴソと鞄から紙を何枚か取りだし、それらを渡す。
「なになに、ふぅん。悪くないじゃない。でもまだ修正していく所は多そうね」
ハァッと一息ついた後、続けざまに男だけに聞こえるように、しかしはっきりと言う。
「どこにも穴がないようにしなきゃ。だって捕まるのは絶対にイヤ。盗みに入って逮捕なんかされたら、お父さんもお母さんも泣いちゃう。そうでしょ?」
そう、ちょうど一月後の今日、里実たちは強盗を決行する。バレないように、完璧な作戦で華麗にお宝を頂戴する予定なのだ。