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Third Day(2):昼食風景


 時刻は昼の十一時。

 俺は手に鉄パイプを抱え、炎天下のうだるような暑さの中、長い石段を上っていた。

「何で、俺が、こんな、目に……」

 すでに何往復目か忘れるくらいに行き来している石段。

 その長さもさることながら、バカみたいな傾斜がいっそう体力を奪っていく。

 額から滲み、頬を伝う汗はポタポタと地面に黒い斑点を作っていく。

 首にかけたタオルで汗を拭い、俺は体力を振り絞って石段の頂上を目指した。

「つい、たぁ……」

 全身で息を切らしながら、俺はようやく石段を上りきる。

 覚えているだけで、これで石段を七往復はしたはずだ。

 さすがに体力も底を突き、手に抱えている鉄パイプも今は体を支える杖の代わりになっている。

 体力にはそれなりの自信があったのだが、この炎天下が必要以上に水分と体力を奪っていくのだ。

 俺は手にした鉄パイプを地面に転がすと、力なく近くの木陰に座り込んだ。

 そろそろ休憩をしておかないと、今度こそ石段を真っ逆さまに転がり落ちかねない。

「はぁ……」

 ぐったりと肩をうなだれる。

 やはり安請け合いすべきではなかったかもしれないと、内心で後悔じみた感情が沸き上がる。


 夏祭りの準備を手伝ってほしいと、母さんは俺と七星に頼み込んだのだ。

 佐倉町では毎年夏祭りが行われている。

 今年もその時期が迫った、というか目前に控えていたのだ。

 佐倉町の夏祭りは一風変わっており、全日程が二日間の構成で行われる。

 その前夜祭が明日の土曜の夕方から始まり、当日祭が日曜の午後から開かれる。

 言われて思い出したが、確かに今年ももうそんな時期を迎えていた。

 そういえばこの前、母さんが朝早くから町内会の集まりに出かけていたけど、それも夏祭りに関する集まりだったのだろう。

 さて、そんな相談を受けた俺と七星だが。

 はっきり言ってしまえば、断る理由などはなかった。

 結局俺も、今日の予定を何一つとして立てられていなかったわけで。

 それだったら何でもいいから目的を持って行動するほうがいいだろうと、俺は母さんの提案を受け入れたのだ。

 一方七星も、断る理由がないので承諾した。


 で、その結果がこれだ。

 俺が今休んでいる木陰のある場所は、神社の境内の一角だ。

 佐倉町の神社だから佐倉神社。

 なんのひねりもないそのままのネーミングの神社である。

 そして俺がさっきから幾度にも渡って運んできた鉄パイプ。

 決してこれは、ガラの悪いお兄さん達が河川敷で血に飢えながら振り回すような物騒なものではない。

 これは神社の境内に開かれる夜店の屋台、その骨組みとなるパーツの一つだ。

 何しろ場所が場所だ。

 神社というだけあって、立地場所は小高い山の中腹になっている。

 石段前まではトラックで一気に運んでこれるのだが、さすがにトラックに石段を走らせるわけにはいかない。

 いや、そんなアクロバティックなことができるのならそれはそれで見てみたい気もするのだが。

 とまぁ、そういうわけで。

 地上から境内まではさすがに人の力で運ぶことになるわけだ。

 そこで俺は、男=力仕事というあんまりな社会公式でこの仕事を手伝っている。

 しかし周りを見れば、そこはいかにも力自慢の漢が粒揃いだった。

 それもそのはずだ。

 なぜならそのおじ様方の大半は、常日頃を海の漢として生きるサバイバー達なのだから。

 生死の狭間の極限で闘う彼らにとって、陸の上など恐れるものは何もない。

 鍛え抜かれた筋肉と、漢達の目には見えない魂という団結力。

 想像するこっちが怖くなりそうだが、こと力仕事に関してはこれ以上の存在はない。

 だからといって、そんな中に一般高校生の俺が混じっても大した効果はないわけで。

「……無理。基本の体力が違いすぎる……」

 作業開始から一時間。

 俺はあえなく、一度目のダウンを奪われてしまった。


 境内の中央の通路を挟むようにして、夜店の屋台は向き合って開かれる。

 その数はおよそ二十ほど。

 しかもここだけではなく、石段の下の地上にも多くの屋台が開かれるという話だ。

 年に一度の祭りは、小規模ながらも盛大に行われる。

 明日の夕方になれば、この辺りは多くの家族連れや子連れの姿で賑わいを見せるだろう。

 そんな風に思いながら体を休めていると、突然首筋に冷たいものを感じ取った。

「うわっ!」

 驚いた俺は中途半端に立ち上がるようにして、その場から飛び退いた。

 そしてすぐに向き直る。

「……って、お前」

「おー、やっぱり隼人だったか!」

 意外な人物が、そこにいた。

「健二、何でお前がここにいるんだ?」

 今俺の目の前にいる人物は、高校の同級生でクラスメートの西久保健二にしくぼ けんじの姿だった。

「何でって、お前、そりゃこっちのセリフだっつーの」

 そう言って健二は俺の隣に腰を下ろした。

 その手にはスポーツドリンクの缶が握られ、健二は二つあるうちの一つを俺に差し出した。

「ほれ」

「くれるのか?」

「ああ、差し入れ。ってか、向こうでみんなに配ってるんだけどな」

 そう言って健二は神社の社の方を指差した。

 確かに底では、おばさん達が飲み物を配っている姿が見える。

「でもまさか、こんなとこでお前に会うとはな」

「それこそこっちのセリフだ。お前、夏休みは帰郷してるんじゃなかったのか?」

「おう。それで昨日の夜帰ってきたんだよ。なのに、今朝起きたらいきなり祭りの準備手伝え、だぜ? ヒデーよなぁ」

 健二はどこか大げさに自分の不幸をアピールした。

 俺はその様子に笑いながら、健二からもらったスポーツドリンクの蓋を開ける。

「で、どうして隼人はこんなことしてんだよ?」

「ん? お前と似たようなもんだよ。母さんに手伝ってくれって言われて、特にすることなかったから引き受けた」

「ふむ。で、どうよ実際? 働いてみた感想は?」

「……ちょっと、後悔してる」

「……だよな」

 などと話しながら、俺と健二は笑い合った。

 その後も休み中のことなどを適当に話しながら、俺達は火照った体を休ませた。


「さて、と」

 言って、健二は立ち上がった。

「んじゃ、俺はそろそろ行くわ」

「ん? 帰るのか?」

「逆だよ逆。どういうわけか、ウチの親が夏祭りの実行委員だからさ。もうちょっと働かないと、あとで何を言われるやら」

「なるほどな」

「隼人はどうすんだ?」

「そうだな……」

 少し考えて、俺は立ち上がる。

「まぁ、お前一人じゃ可哀想だから、俺ももう少し手伝っていくよ」

「お、さっすが隼人。俺が見込んだだけのことはある」

 いつ、お前が俺を見込んだんだ。

 という突っ込みは、この際あれなので黙っておくことにしよう。

「んじゃ、またあとでな。昼飯も出るらしいから、そのとき一緒に食おうぜ」

「ああ、別に構わないぞ」

「んじゃな」

 軽く手を上げて、健二は石段を駆け下りていった。

 さてと。

 俺も負けてはいられないな。

 もう一仕事してやるか。

 ……まぁ、倒れない程度に。




 太陽が真上に差し掛かる頃、俺は通算で十三回目になる階段の往復を終えたところだった。

 いい加減に鉄パイプを抱える腕も、それを支える肩も痛くなってきた。

 グレーのシャツは汗を吸い取って黒く変色してしまい、中途半端に乾いてどこか着心地が悪い。

 とにもかくにも、これでようやく一区切りがついた。

 午前中の作業で、大体の骨組みとなるパーツは運び終えることができた。

 もっとも、俺が運んだものなんてそれこそ数えるほどだったが、それでも達成感はあった。

 作業に区切りをつけた大人達も、休憩のために物陰などで休んでいる。

 さて、俺も一休みしたいのだが、先に約束した健二の姿がまだ見当たらない。

 まだどこかで作業をしているのだろうか。

 俺は木陰から立ち上がり、一度下の様子を見てくることにした。

 パッと見たところ、境内の中に健二の姿は見当たらない。

 仮にすれ違うとしても、俺が石段を下ればお互いに気付くだろう。

 と、俺が石段を下ろうとしたそのときだった。

「お、いたいた」

 案の定、健二はちょうど石段を上り終えてやってきたところだった。

「ちょうどよかった。俺も健二を探してたとこだ」

「そっか。まぁ、すれ違いにいならなくてよかった。んじゃ、昼飯食いに行こうぜ」

「それはいいけど、どこで食べるんだよ?」

「ああ、下のほうに休憩用のテントがあるんだよ。あと、集会所が解放されてるからそっちでもいい」

「何にしても、下りないといけないってことか」

「そうゆうこと」

 健二と並び、長い石段を下る。

 さすがに何度も石段を往復したこともあって、足の筋肉は特に張ってきているようだった。

 早いところ涼しい場所で昼食にありつきたいところである。


 俺と健二は真っ直ぐに集会所に向かった。

 なんだかんだで、やはり屋内の方が冷房が効いているだろうと思ったからだ。

 集会所の扉は全開にされ、玄関口には多くの靴が脱ぎ捨てられている。

 中からはガヤガヤと話し声も聞こえ、結構な人数が集まっているようだった。

 俺と健二も靴を脱ぎ捨て、集会所の中へ入る。

「ああ、こっちだ隼人。場所はもう取ってある」

 真っ直ぐに多目的ホールへ向かおうとした俺を、健二がそう言って呼び止めた。

 健二が指差す先は小さな和室があるほうだ。

 確かにそっちも休憩場所として使われているようだが、場所を取ってあるとはどういうことだろう。

 疑問に思ったが、ここは素直に健二の言葉に従っておくとしよう。

 何にしても、まずは腰を据えて休み、空腹を満たすことが最重要だ。

 和室の扉をくぐる。

 すでに多くの人が集まり、各々に昼食と談笑が交わされている。

「あ、やっと来た」

 と、そんな声がしたのは部屋の隅の方からだった。

 声がした方を向き直ってみると、そこには七星の姿があった。

 それともう一人、これまた意外な形でクラスメートに出会うことになる。

「行こうぜ、隼人」

「え? ああ……」

 促され、俺は健二の後について二人のいる場所に向かう。


「遅いぞ健二。それと、来栖君は久しぶり。元気だった?」

「まぁ、元気といえばそれなりにはな。瀬口は相変わらずだな」

「まぁ、それが取り得みたいなもんだしな」

「ちょっと健二、それどういう意味?」

「ご想像にお任せしますよ」

 などと、早くも談笑が始まる。

 今こうして健二と喋っている彼女も、健二同様に俺のクラスメートだ。

 名前は瀬口葵せぐち あおい

 健二とはいわゆる腐れ縁とのことだ。

「はい」

 と、すぐ隣にいる七星からカップが差し出される。

「ん、サンキュ」

 カップの中身はよく冷えた麦茶だった。

 水分を失っている体としては、補給できる冷たい水分ならなんでも歓迎だ。

 一気に飲み干して、俺はようやく一息をつく。

「隼人、結構汗かいたみたいだね」

「ん? ああ、そりゃあな。あんな長い石段を十往復以上もすれば、そりゃ汗だくになるって」

「だよなぁ。ったく、若いからっていいように使われるのも問題だよな」

「全くだ」

 同じ苦労を共にしているので、俺と健二の意見は合致する。

 その会話が見た目異常に年寄り臭くて、結局四人揃って笑い合っているわけだけど。

「ま、何にせよお疲れ様男性諸君。お喋りもこれくらいにして、まずは腹ごしらえといきましょうか」

 言って、瀬口が人数分の弁当を手渡してくる。

 弁当といっても、こういう席ではおなじみのおにぎりだ。

 不思議と、それがかえって食欲を誘う。

 俺達四人は輪になるように座り、各々に食事を開始した。




 黙々と食事が続くと思ったが、そこは話し好きの瀬口がいい具合に会話をリードしていく。

「ウソ! 来栖君も七星も、もう夏休みの課題終わっちゃったの?」

「まぁ、一応やるだけなら全部やった。つっても、他にすることなくて暇な時間が多かったからだけなんだけど」

「いいないいなー。結果論でも、終わりよければ全てよしじゃん」

 何か言葉の使い方がズレているような気もするが、ここはあえてスルーだ。

「葵はまだ終わってないの?」

「んー、私も大体は片付いてるんだけどね。世界史のレポートが面倒で、まだあんまり手をつけてないんだよねー」

 世界史、か。

 俺もやり終えた身分として、その面倒さはよく分かっている。

「確かに、あれは結構面倒だよな」

「そうだね。あらかじめテーマが与えられてれば、もう少し楽だったとは思うけど」

「だよねー。ったく、半沢のヤツ、妙なところで回りくどいんだから」

 半沢というのは、俺達の通う高校の二年の社会化担当の教師の名前だ。

 別に嫌われているわけではないのだが、妙なところで回りくどいという瀬口の言い分は大体当たっている。

「それで、二人はテーマ何にした?」

「私達は産業革命にしたよ」

 七星の言葉に俺は頷く。

「第二次世界大戦とかにしようとも思ったんだけど、戦争だとやたらと人物の名前が多いだろ? だからこっちにした」

「なるほど。それに、二人で共同でやれば作業量も減るもんね」

「そういうこと」

「んー、だとすると、私は産業革命じゃないものにしたほうがいいよねー……」

「別にかぶっても問題ないとは思うぞ? そもそもテーマも自分で決めろって言われてるんだし、そりゃ少なからずかぶるだろ」

「ま、それもそっか」

 世界史の課題は、歴史上の出来事一つを題材にして論文のようなものを仕上げるというものだ。

 簡単に言えば新聞記事をスクラップして自分なりの見解を述べる、ってとこだろうか。

 まぁ、この場合舞台は日本だけじゃなく世界全体で、自然とテーマも広く分かれるわけだが。


「ところで健二」

 瀬口が呼ぶ。

「ん? 何だ?」

「アンタ、さっきから話についてこないけど、もう課題済ませちゃってるわけ?」

 俺と七星の視線も健二に向く。

「おいおい、そんなの決まってんだろ?」

 と、健二が意外にも余裕の笑みを見せた。

「な……まさかアンタに限って、そんなこと……」

 信じられないと言わんばかりに、瀬口は苦しそうな表情を見せる。

 正直、俺も驚いた。

 だが、しっかりと課題を済ませておくとは健二もやるじゃないか。

 と、そう思ったのも束の間で。

「そんなもの、終わってるわけがないだろう」

 と、健二は堂々と言い放った。

「…………」

「…………」

「…………」

 一同沈黙。

 いや、まぁ、そんなことじゃないだろうかとは思いつつも、思わないようにしていたんだが……。

「ま、そんなこったろうと思ったわ。健二に限ってそんなこと、ありえるはずがないもんね」

 うんうんと一人納得し、瀬口はお茶をすする。

「その割には、ずいぶんと余裕があるみたいだよね、西久保君」

「ふ、当然だ。俺の辞書に不可能の文字はない」

 それはきっと、お前がそのページだけを破り捨てたからだろう。

 後で確かめてみろ。

 不可能と一緒に、不完全の文字まで消えてるだろうから。

「その自信は一体どこから来るのよ……」

 疑り深い視線で瀬口が聞く。

「もちろん、それは当然っ!」

 ビシッっと、健二はなぜか俺に向けて指を向けた。

「……アンタまさか、来栖君のそのまま写そうってんじゃないでしょうね」

「イエス、オフコース!」

 何で英語なんだ。

 しかも、堂々と言うな。

「健二、言っておくが……」

「おお、みなまで言うな隼人! 言わなくても分かっている。水臭いこと言うなってんだろ? 分かってるよ、俺達親友だもん……」

「いや。写させてやらんぞ、俺は」

「なっ…………」

 そして、健二の時間が凍りついた。

 間抜けにも口をあんぐりと開けたまま、健二は信じられないといった表情で俺を見返している。

「ま、待て! どういうことだ隼人! 話が違うぞ! ワッツ? ホワイ? ハウアーユー?」

「なぜも何もあるか。そもそも、俺はそんな約束した覚えはない。それに、ハウアーユーって何だよ」

 いきなりご機嫌いかがと聞かれても、どう答えていいか分からない。

「そ、そんなバカな……俺の計画が……」

「いや、どう見てもバカはアンタでしょ……」

 ダメ押しの一撃だが、瀬口の言い分は正しい。

 それっきり、健二はしばらく石化したように動かなかった。

 こうしてその後もしばらく、食後の談笑は賑やかに続く。

 気の許せる仲間同士でこうして時間を過ごすのが、本当に久しぶりに思えた。



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