Third Day(3):似たもの同士
一時を回った頃になって、休憩していた人々が続々と部屋をあとにするようになった。
俺達四人もそれに便乗し、一度外へ出ることにする。
外に出るなり、うだるような暑さが肌を直撃する。
日中の気温はますます上昇し、地面はさながらに熱した鉄板のような熱さを帯びているようだ。
「あーあ、また午後も石段の往復すんのかー」
健二がいかにも面倒くさそうにぼやく。
だが、俺も健二の意見には賛成だ。
ある程度は慣れてきたとはいえ、あの石段の往復はさすがに堪える。
できれば午後はもう少し楽な仕事をしたいものだ。
「でも、もうほとんどのパーツは運び終わっただろ? 屋台の組み立てなんて当日でもいいわけだし」
「だといいんだけどな。どちらにしても、力仕事ばっか任されそうだし」
なるほど、確かにその予感は正しそうだ。
「そういえば、七星達は午前中何してたんだ?」
「私達は浜辺のテントの中で作業してたよ。提灯を糸に通したり、飾り付けをしたり」
ようするに雑務というところだろうか。
しかしそれにしても、日陰で過ごせるだけずいぶんと快適だとは思う。
「げー、何だよそれ。メチャクチャ楽じゃんか。こんなの差別だ。なぁ隼人?」
「何言ってんのよ。ずっと座りっぱなしで同じ作業を繰り返すのって、実は結構疲れるんだからね」
「そうそう。お尻も痛くなってくるし……」
つまるところ、どっちでも疲れるということだ。
俺と健二は力仕事で体力を、七星と瀬口は細かい作業で集中力を、といったところか。
「まぁ、なんでもいいけどさ。とりあえず何をすればいいか、俺は母さんに聞いてくる」
「あ、私も行く。明美さん、午前中は私達と一緒にいたから、まださっきのテントにいると思うから」
「だったら、俺の親父も多分そこだろうな。実行委員会の人もテントにいるって聞かされてるし」
「じゃ、みんなで行けばいいじゃない。バラバラに仕事するより、まとまってたほうが退屈しのぎくらいにはなるでしょ」
瀬口の意見に全員が合致し、俺達はまず浜辺付近のテントへと向かうことになった。
海岸沿いの道から階段を下り、浜辺に下りる。
熱砂と言う言葉があるように、俺達の踏む浜辺の砂は日差しの照り返しでギラギラと輝いていた。
こんなところを素足で歩こうものなら、それこそボイル焼きのようになってしまいそうだ。
しばらく歩くと、浜辺の一角に白いテントが見えてくる。
夏祭り期間の本部テントでもあるそこは、過去に海の家として機能していたものを流用したものだ。
歩み寄る俺達の姿に気付いたのか、たまたまテントから顔を出した母さんがそれに気付いた。
「あらあら、お揃いで」
「ご無沙汰してます、おばさん」
「ども」
瀬口と健二が口々に挨拶を交わす。
「こんにちは、葵ちゃん。それに西久保君も。午前中はお疲れ様」
二人の挨拶に、母さんも微笑んで返す。
「母さん、それで午後のこれからのことなんだけどさ」
とりあえず俺は話を切り出す。
「午後は俺達、何をすればいいのかな?」
前述の通り、屋台のパーツを運ぶ仕事は午前中のうちでほとんど終わっている。
七星や瀬口にしたって、できるなら午後もお尻の痛くなる仕事はしたくないだろう。
「んー。母さんも直接の実行委員ってわけじゃないから、詳しいことはちょっとねぇ……」
ということは、仕事は無事終了ということでいいのだろうか。
それならそれで、一度家に帰ってシャワーで体を洗い流してしまいたいものだが。
「健二、お前こんなところで何やってんだ?」
と、そんな声が俺達の耳に届いたのはそのときだった。
「げ……」
その声に、健二が一瞬だけ表情を苦くする。
声の主である男性は、テントの奥からこちらへとやってくる。
その風貌には、俺も見覚えがあった。
「あ、健二のお父さん」
瀬口がそんな言葉を口にした。
俺よりももう少しだけ高い背丈に、日に焼けた黒い肌。
ガッチリとした体格は、さながら海の漢を想像させる。
地元の漁港で漁師をしている健二の父親、修吾さんがそこにいた。
「ん? おう、来栖さんとこの隼人か。また少し背が伸びたんじゃないのか?」
「あ、はい。あれからもう少しだけですけど」
そうかそうかと、修吾さんは嬉しそうに笑った。
こうして会って話すのはずいぶんと久しぶりだが、相変わらず賑やかで大らかな人だった。
「で、お前は何やってんだ健二? もう飯は食ったのか?」
「昼飯? うん、もう食い終わった。でさ、午後は何をやらされるのかと聞きに来たわけ」
なるほどなと、修吾さんは一つ頷いた。
「しかし参ったな。思いのほか手際がよかったから、午前中だけで大体の準備は完了してんだよなぁ」
「マジ? だったら俺達、このまま解放? ラッキー」
健二は労働からの解放を知り、一人喜び出す。
だが。
「いや、待て。あー、しかしなぁ……」
修吾さんは何を悩んでか、ウンウンと一人で唸り始める。
「どうかしたんですか、西久保さん?」
隣にいた母さんが聞く。
「いえ、一応準備そのものは終わってるんで、帰ってもらっても構わないんですよ。ただ……」
「ただ、何です?」
瀬口が聞き返す。
その様子を、健二が視線だけで余計なことを、と言って見ているような気がした。
「これは、ずいぶんと私的な用件でね。ここから少し先に歩いた岩場の奥に、小さな入り江があるのを知ってるかい?」
言って、修吾さんは指を指した。
その先には確かに遠めでも分かるほどの岩場があった。
「実は、その入り江の近くが毎年花火とかで使われてるみたいなんだが……」
「ゴミ、ですか?」
「ええ、そうなんですよ」
母さんの言葉に、修吾さんは相槌を打つ。
「あの入り江は海に直接面した流れ込みだ。そこが汚れてちゃ、海そのものにも影響が出る」
なるほど。
漁師である修吾さんとしては、海の環境というのは生命線に繋がるものでもある。
それが汚されるというのは、正直な話気分はよくないのだろう。
「毎年うちらの組合でも点検には行くんですけど、今年は時間がなくてね。実際今も、祭りの準備で手が離せないときてる」
実行委員である修吾さんは、機材運搬や事務処理の手続きなど、このあとも裏方の仕事が残っているのだという。
「そこでだ。ぶしつけだとは思うんだが、みんなでちょっと様子を見てきてくれないか?」
「えー。マジかよ親父。大体なんで俺達なんだよ」
「アホ。お前一人で行かせるほうがよっぽど不安だろうが」
不思議と、その言葉には俺も七星も瀬口も素直に納得して頷いてしまう。
「お前ら……」
その様子に、健二はガックリと肩を落とした。
「わーったよ。行けばいいんだろ行けば」
ブツブツと文句を言う健二だったが、結局は折れる形になる。
そんなわけで、俺達は浜辺の奥にある入り江に向かうことになった。
岩場を迂回する道は残念だがないので、俺達は足を滑らせないように岩場を乗り越えた。
「よっ、と……」
入り江の中に到着する。
周囲を見渡した限りでは、目立つようなゴミは散らかってはいなかった。
ただ、ところどころに花火の残骸のようなものが残っているのも確かだ。
それが去年のものなのか、今年のものなのか、それともさらにずっと昔のものなのかは分からない。
とりあえず俺は、目に見える範囲のゴミは持ってきたビニール袋の中に入れていく。
「なんか、悪いなみんな」
ふと、健二がそんなことを口走った。
「な、なによいきなり。気持ち悪いわね」
真っ先に反応したのは瀬口だ。
「いや、成り行きとはいえ、付き合わせる形になっちまったしさ」
「別に、そんなこと気にすんなよ。嫌だったら最初から付き合わないって」
「そうそう」
「うう。お前達の熱い友情を感じるぜ……」
「っていうか、むしろアンタ一人だとかえって不安なのよね。そのまま失踪とかしそうで」
「…………」
もはや健二は何も言い返さない。
口では瀬口に勝てないと、どこか諦めたようだった。
「ねぇ、ところでさ。これって何?」
七星の言葉に、全員がその方向を向き直る。
七星の指差す先、そこに、ポッカリと口をあけたような空洞が覗いていた。
「これ、洞窟になってんじゃないか?」
真っ先に身を乗り出して中を覗く健二が、そんな言葉を口にする。
「へぇー。こんなのがあったなんて、私初めて知った」
俺も瀬口と同じ意見だった。
確かに浜辺を訪れる機会なんてないに等しいが、まさかこんなところにこんなものがあったとは。
「この洞窟、どこかに通じてんのかな?」
「どうだろうな。そんなに深そうには見えないけど……」
言いながら、健二は足元の小石を洞窟の中に投げ込んだ。
カツン、カン、カン……。
そんな音を鳴らして、小石は洞窟の奥へ転がっていった。
「地下に通じてるってわけじゃないみたいだな。多分直線だろうけど、意外と長いかもしれない」
まぁ、どちらにしても足を踏み入れるのは遠慮した方がよさそうだ。
何もないとは思うが、何かあってからじゃ大変だし。
「よし。行くぞ」
「……は?」
その声に、俺は健二を見る。
「だから、行くぞ」
「行くって、この中にか?」
「他にどこがあるんだよ?」
「…………」
頭が痛くなってきた。
そうならないように、俺達三人がついてきたんじゃなかったっけ?
「なぁ瀬口、どうする……って」
「さぁ、レッツゴー!」
「……お前もか」
もはや頭痛には慣れた。
まぁ、どこかでこうなるんじゃないかと思ってはいたけれど。
「どうする、隼人?」
七星が聞く。
「……どうもこうも、あの二人を放っておいていいと思うか?」
「……だよ、ね……」
結果、一致団結……なのだろうか。
何か、何かが違うような気がしてならない……。
「で」
歩き始めてわずか二分。
俺達は早速、お決まりのパターンに出くわしていた。
「分かれ道か……」
「分かれ道ね……」
「……分かれ道だな」
「うん。分かれ道だね……」
そして、一同沈黙。
「で、どうすんだよ健二?」
「俺かよ!」
「お前が先陣切ってきたんだろうが!」
「はいはい、洞窟内で騒がない。トラップが発動したらどうすんのよ」
「ト、トラップ……?」
これは何かのRPGなのか?
「とにかくだ。道が二手に分かれてるなら、俺らも二手に分かれればいいわけで」
「いや、まぁ、そりゃそうかもしれないが」
男同士女同士で行くわけにもいかないし、どうしたものだろう。
と、俺が考えているときだった。
「んじゃ、私達はこっち行くから」
「イデデデ……」
健二の耳を引っ張って、瀬口はスタスタと左の道に向かっていってしまった。
「ちょ、ちょっと葵?」
「いいのいいの。このバカは私のほうが扱いに慣れてるからさ。じゃ、そっちはそっちでがんばってー」
「バカ、いてーっつーの! 離せ! コラ、聞いてんのか葵! つーか聞けよ!」
そんな声が、少しずつ洞窟の奥に遠ざかっていく。
「……どうする、隼人?」
「どうするって言われてもな……」
幸い、洞窟の中は思ったほど暗くはない。
目を凝らせば十分視界の先は見えるし、足場も安定している。
「引き返すならそれでもいいけど、健二達は先に行っちまったしなぁ……」
反対側の道からは、まだ遠くに健二の声が聞こえるような気がした。
「まぁ……行ってみるか? 嫌ならいいけど」
隣の七星の反応を待つ。
「……じゃ、行ってみよっか?」
「そうするか……」
あまり乗り気ではなかったが、とりあえず俺と七星も奥へ進んでみることにした。