第四回・君の歩んできた道
だいぶ皆さんから遅刻しての投稿です。感想も書きに行かなくちゃ……。
ここにAという青年がいた。君にはこのAの話を聞いてもらいたい。
Aは平凡な青年で、どこにでもいるような高校生だった。意識して殺したことがある存在など蚊などの虫くらいしかないだろうAは異世界に召喚された。勇者として神に選ばれたのだ、Aは。
Aはその異世界の魔王を倒すために王国の宮廷魔術師たちにより召喚されたが、Aはただの凡人。剣道を習っていたわけでも、健康的にスポーツで汗を流す青春を送っていたわけでもない。どちらかと言えば文系で読書を友とするタイプだった。Aなどに任せるよりも王国騎士団が戦った方が何倍もの数の敵を倒すことができるだろうことは明らかで、Aは必死に勇者を辞退しようとした。
だが、神の言葉によりAの拒否は却下された。当然だ、Aの言葉を通しては神の言葉に逆らうことになるのだから。Aは追い出されるようにして王国を出て、旅の仲間もなく浮浪者のように彷徨った。何故ならAはこの世界の常識など一つとして知らなかったのだから。
Aは苦悩した。何故自分はこんな目に遭わなければならないのか全く分からなかった。神によって一方的に選ばれ、ただ魔王の生贄にされろと決められたようにしか思えなかった。Aは逃げ出した。旅の間にこの世界の常識をいくらかは身につけており、また元の世界で読んだ本には色々な知識が詰め込まれていたのだ。
Aの逃亡生活はしばらくの間成功した。魔王の国も王国もただの商売相手としか見ていない国に逃げ込んだAはかりそめの平穏を得た。心優しい隣家の娘、厳しいながらも見守ってくれる店の旦那、Aの生活は元の世界のそれとはまったく異なるものではあるものの、平和な生活だった。
しかしAは遂に王国に探しだされてしまった。足取りの途絶えたAに懸賞金までかけたのだ。泣き叫ぶAを知らぬ顔で引きずり王国へ差し出したのは王国からの旅人。Aは罵倒され、甚振られ、そして今度は監視役を共に旅だった。Aがどれだけ嫌だと言おうとも監視役はAを逃がさなかった。力で敵わない相手からどう逃げるというのか。
旅路は過酷そのもので、生白い青年であるAにとって毎日が死との戦いだった。襲ってくるのは魔物だけではない、盗賊、獣、疲れ切った体には鼻風邪さえも危険だった。監視役に訴えるも聞き入れられず、Aの命は風前の灯と言えた。
だがある時Aは偶然に逃亡し得た。厳しい旅路だ、腐食しかけた橋を渡ることも幅七センチもない崖の道を這うことも何度もあった。Aは足を滑らせ川に落ち流され、心優しい少女とその老母に救われた。肉体的にも精神的にも癒しを得たAはこの日々が続くことを願った。少女とAの間にはいつしか恋が芽生えていた。
少女の献身的な看病により全快したAは二人のために何でもやった。あの旅路と比べれば何もかもが易しく思えた。少女のために森に入り獣を狩り老母のために家を暖めた。三人でこれから平穏で優しい時間を過ごして行けるのだと、Aは信じていた。
そんな時だった。老母と村人たちの祝福の中、Aが少女を娶おうという日だった。監視役に見つかったのは。泣く老母を蹴りつけ、縋る少女を殴って監視役はAを引っ立てた。Aを支えるのは少女の言葉と自らの誓いのみ。Aは涙を飲んで旅を再開した。
魔王の国に着いてAが驚いたのはその豊かさと人々の表情だった。王国など引き合いに出すのもおこがましい程活気に満ちあふれ、人々は王を褒め称え自分たちの幸福を喜んでいる。Aはうすうす感じていた疑念が証明されたと分った。この国の王を神の敵などと言って罵っているのは王国とその属国だけなのだと。Aの中では怒りがむくむくと膨れ上がり、遂にAは監視役を罵る一瞬の勇気を得た。『魔王は悪いと散々に言われてきたが、どこが悪いというのか。王国の疲弊しきった民と見比べれば誰でも分る。お前たちが見下す魔王こそが賢帝なんだと』Aの主張はむろん却下された。
目の前の事実を正しく見ることのできない監視員に言葉が通じるとは、Aは思わなかっただろう。なにしろA自身が監視員と長い旅をしたのだ、どんな人間なのかよく理解していたに違いない。――しかし、Aは言わずにはいられなかった。王国の信ずる神とは本当に善であるのか、と。
だがAは魔王と対面した。剣を向けてお互いに睨みあった。逃げ出すことなど出来なかったからだ。逃げれば妻である少女の命が危ないことをAは理解していた。
「どうして……どうして貴方がそれを知っている」
君はそう言うがね、うむ。君は私の称号を知っているだろう。
「ま、魔王」
そうそう、それだ。魔王が魔王たる所以、これで分ってもらえたかな?
「事情を知っているなら、ああ、助けてくれ!! 貴方ならどうにかできるだろう、あの子が殺されてしまう!」
まあまあ、もう一度良く思い出したまえ。君は強制されたとはいえ勇者で、私は魔王。分るね? なら君がどうなるかは君自身が良く分っていることだろう?
残ったのは、静寂。