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短編集  作者: 滝 千博
五枚会
4/7

第二回

第二回創作五枚会


・禁則事項「登場人物の名前の記載禁止」

・テーマ「手癖」

 その男の顔はそう、子供のころに再放送で見たアニメのキャラクターに似ていた。だから彼は仲間内からねずみ男と呼ばれている。いみじくも彼にふさわしいあだ名であった。



「今時こんなこと、乞食のババアでもやらねぇだろ。なんでこんなことしなきゃなんねぇんだろうなァ」



 彼は仲間であるハゲ頭、赤ら顔、棒きれに向かってそう言った。今彼がしていることは死んだ女から髪の毛をプチプチと抜く作業である。これを鬘屋に持っていけばいくらかになるのだ。



「しかたあんめぇ、お偉いさん方と違ってここらの奴らにゃ金がねぇんだからな」



 赤ら顔は見るに年齢は五十後半、胡麻塩頭にたるんだ顎をしている。太鼓腹に酒が詰まっているのだろうことはその赤ら顔から分ろうもの、彼はこの家にあったらしい安い酒をぐいと傾けると、口元をぬぐってそう答えた。そう、仕方ないことなのだ、これは。彼らの家財道具を全て売り払い、果ては死人の髪を抜き着ていた服までひん剥く。そうしなければ明日のおまんまにありつけないと分っていながらも、ねずみ男は浮かない顔をし女の髪を抜く。彼らにとってちょうど良いことに女の髪は長くコシがあり、高く売れるだろうことは明らかであった。



「無駄話に花咲かせる暇あんなら早くしてくださいよ」



 この死んだ女の汚した床を雑巾で拭っていた棒きれが不機嫌そうに唇を尖らせる。汗の浮かんだ棒きれの腕は骨と皮で、十分食べているはずなのにこうなのは、腹に寄生虫がいるのではないかと四人は考えている。若手の彼は哀れにも汚物処理係で、死んだ魚の目のように白濁した液体や黒ずんだ血液、それを掃除するのが彼の役割である。臭いのもとに一番近いからだろう、髪の一本睫毛一本にまでこの部屋の臭いが移ってしまうような気色悪さが棒きれを苛立たせている。棒きれはこの仕事にまだあまり慣れていないのだとねずみ男は思い出す。



「なんだ、棒きれ。お前さてはゲロ我慢してんのか」



 赤ら顔がニヤニヤと笑う。赤ら顔は「リーダーは動かなくて良いのだ」と言ってただ座り酒を飲むばかりである。少し離れた壁際で箪笥を磨いていた手を止め、ハゲ頭が自嘲してふうと笑った。ハゲ頭はまだ四十代も初めだというのに頭頂部にも側頭部にも髪がない。言わずもがな、全員見た目からのあだ名であった。



「赤ら顔、そりゃ誰もが通る道ですよ。オレも初めは毎回ゲロしてましたから」


「違いねぇ」


「はやく慣れろよ」



 赤ら顔がガハハと笑い、ねずみ男も頷きながら棒きれを見やった。棒きれは茶色く染まった雑巾に目を落とし沈んでいる。しばらくぐだぐだとどうにもならぬことを考え、棒きれは口を引き結び再び手を動かしだす。どうしようもないことなのだ。棒きれがしなければハゲ頭かねずみ男がすることになっただろう。



「こんなことしたくてしてるわけじゃないんすけどね」


「誰でもそうさ、棒きれ、俺もこんな死肉を漁るようなことするとは全く思ってなかった」



 こんなことをしていると、時々、発作的に愚痴を言いたくなることがある。自分は果して、こんなコソ泥以下のことをしたくて勉強したのだろうか。こんな、こんなお天道様に顔向けできないことをしたくて我武者羅に勉強したというのか。


 ハゲ頭が途切れることのない愚痴を零す。思えば楽しくない半生であった、と。幼いころは両親に公務員になって私たちを安心させてねと言われ、純粋な気持ちで「僕に任せといて」などと安請け合いしたものだったが、学校を出て社会に出れば結果はこれである。仕事仲間とは本名を交わせず、まわってくる仕事は死体処理ばかり。これで人生を謳歌しろと言うほうが無理な話だ。



「ハゲ頭」



 ねずみ男はハゲ頭と口にしたが、呼ぶつもりはなかった。それが分っているのかハゲ頭がねずみ男を振り返ることはない。



「そうだな、ああ、まだお前らは若いからなぁ」



 聞いたこともない銘柄のどこ産かも分らない水増しされた酒を見下ろし、赤ら顔はしみじみと呟く。赤ら顔は最古参、この四人の中で一番長くこの仕事に携わっている。



「俺の若いころはまだ違ったんだが、あれだ、日本が貧しくなってからだな」



 仕事がどんどんとなくなっていく中大きな企業は日本を見捨て、まな板の鯉のように、外国が養分を吸い取っていくのに任せるしかない現状。年々貧しいものはさらに貧しくなっていき、増えるのは国民一人当たりの借金の総額と自殺者数。



「国家公務員、のはずなんだがな。俺たちは」



 消費者金融の高い利息を払えるわけがない国民のために国が興した金貸し会社。国営のため利息は低い、低いが払えぬ者はいる。そして彼らを待つのは死という黒い穴なのである。


 ねずみ男はふっと天井からぶら下がったロープを見た。そしてもう髪のない女を見下ろす。首に絡みつくようについた、紫色に変色したロープの跡。



「こんな世の中っすからね」



 棒きれの言葉が、室内にがらんと響いた。誰もが口をつぐみ、ただ黙って己が仕事を再開した。

手癖……?


彼らのイメージは執行官です。それと死体清掃屋さん。

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