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短編集  作者: 滝 千博
五枚会
3/7

第一回・おままごと・別ver

同じ話の派生ではありませんので注意。

 二十一世紀初終わり頃には、既に現在存在するもののプロトタイプ『マリオネットα‐1タイプ』が完成していたという。自ら思考し行動する自動人形であるマリオネットシリーズはいつしか造り主である人の手を離れ、自らの手で新しい型を生み出すという境地に至った。


 人間と見まごう程に滑らかで弾力のあるスキン、優しく色づいた頬や唇。人工毛髪は絹糸のように柔らかく指をすり抜け、姿勢の良いその立ち姿は絵画から抜け出た美男美女そのものだ。自動人形は人の考えつく限りで最高の美を備えていると言って良く、また性能も人間の脳の限界を超えている。


 しかし自動人形の根幹を支えるのは人間の存在である。人に奉仕することこそ彼らの仕事であり望みであり――たとえ人間が増えずとも、自動人形は増え続けた。


 そして今では人間一人に対し三体から五体の自動人形がつきその生活を支えている。彼らの仕事は人間が何をせずとも生きていけるように環境を整えることであり、彼らを飢えさせず、病に倒れさせず、老衰で死なせることである。美しい物に囲まれ平穏と老いてゆくこと、それこそが人間の望む最高の人生であると彼らにはプログラミングされている。



「よしよし、いいこねー」



 その自動人形に世話される対象――波田野松恵はにこにこと『それ』の頭を撫でる。少し舌足らずで甘ったるい調子の声は『それ』にのみ向けられている。



「松恵さま、ご飯のお時間ですよ」



 一体の自動人形が進み出て彼女に声をかけた。人工音声であるはずだが、その声は美しく鈴を転がすようである。今日の昼はその自動人形が作ったらしく、それはエプロンをつけたままだった。



「うん」



 松恵はコクリと頷き満面の笑みを浮かべた。彼女の育ての親は自動人形であり、彼女の生活のパートナーは自動人形であり、また彼女の世界の全ては自動人形により形作られていた。


 スリッパがパタパタと鳴る。松恵はうさぎをモチーフにしたこのスリッパが大のお気に入りである。ピンク色の毛玉のようなそれは細い松恵の足元を可愛らしく飾っていた。



「いただきまーす!」



 椅子に飛び乗ると手をパンと打ち合わせ、ニコニコと笑みながら箸を手にとり食べ始める。楽しく食べられるようにハート形や星形にカットされた人参、食べやすい柔らかさに茹でられたブロッコリー、型を使ったのか綺麗な円形のたまご焼きに小さなハンバーグが二つ。プレートの中央は椀を伏せたように盛られた少量のチャーハンに旗が立っている。



「美味しゅうございますか?」


「うん、おいしいよぉ!」



 松恵は口元を汚しながら食べ、横に控える自動人形に口元を拭ってもらっている。彼女は箸よりもスプーンとフォークの方が得意なのだが、箸の持ち方を練習させようという自動人形たちの教育方針により最近は箸で食べている。だが下手な箸使いのためぼろぼろと料理は零れ、口元だけでなくテーブルの上も床も汚してしまっていた。



「それは良うございました」



 自動人形は彼の出来る最高の笑顔を浮かべ、松恵が喜んでいることを『喜んだ』。彼らに本当の意味での心などない――全てはプログラムのなせることなのだ。


 松恵は自動人形をじっと見つめると興が冷めたように口を横に突きだし、きちんと持とうとしていた箸を棒を握るように持ちかえ料理をブスブスと刺し始めた。そしてチラリとまた自動人形を見上げ、更に不機嫌になり箸を投げ出した。椅子からするりと飛び降りると御馳走さまもなく居間を出、彼女の部屋へ走る。



「松恵様、どうなさったのですか? 松恵様?」


「シュージもワタルもヨーヘーも、みんなみんなキラーイ!」



 三体いる彼女の自動人形――修次、亘、洋平はみな困惑した表情を浮かべる。今までも何度もこういうことがあったが、原因を彼らは分らずにいるのだ。決まって彼らが笑うと不機嫌になるのだが、人間とは笑顔を喜ぶものであるという『常識』を『知って』いる彼らはただ困惑する他ない。


 三体して彼女を追い、扉のない松恵の部屋を覗く。彼らの目――カメラが写したのはさっきまでの彼女の姿、つまり部屋で一人遊びをする様子だった。



「松恵様」


「一体どうなさったのです、何かお気に触りましたか」


「松恵様、どうなさいました?」



 松恵は三体の言葉をまるで無視し、『それ』を大事そうに抱えた松恵は『それ』に優しく話しかける。



「いいこねー、マリーちゃんは」



 松恵に抱かれている、赤毛にそばかすの少女の人形は、ただくってりと松恵の腕を受け止めていた。ボタンの目はただ虚空を映し、糸で縫い取られただけの口は言葉を話すことなどない。



「とってもいいこ、いーこいーこ」



 毛糸の頭をいくぶん粗雑に撫で、松恵は呪文のように『良い子』と唱えていた――。

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