悪女だとおっしゃるなら、きちんとお調べになりましたか?
「シャルロッテ・ネムール公爵令嬢、お前のような悪女は王妃にふさわしくない。今この場をもって婚約破棄させてもらう」
第一王子であるアラン様の怒りに満ちた声が大広間に響き渡った。王立学園の卒業パーティーの会場は、まるで時間が止まったかのように静まり返る。
私——ネムール公爵家のシャルロッテに、会場中の視線が突き刺さった。本来ならばエスコートを務めてくれるはずのアラン様は、義妹であるクララの手を取っている。アラン様に庇われるように寄り添うクララは、扇の陰から笑っていた。
「アラン様……どういうことなのか、ご説明いただけますか?」
「クララをずいぶんといじめていたな。数々の非道な行いをしたこと、知らぬとは言わせない」
ものすごい剣幕で睨まれ、私は思わず言葉に詰まった。まったく身に覚えがない。
「非道な行いとは、何でしょうか……?」
「ここまで性根が腐っていたとはな。お前はクララの教科書を破き、食事を床に落とし、彼女の物を奪い続けたと聞いている。クララの様子がおかしいと思って問いただせば、涙ながらにすべて話してくれた。不当な扱いを受け続けていたと」
呆気に取られて目を見開く。それはすべて、私が受けていることだ。調べればすぐに露呈する嘘を鵜呑みにしているアラン様に、次代の王としての資質を疑ってしまう。
「言い当てられて、言葉も出ないか」
アラン様の言葉に、首を横に振った。
「私はそのような行いをしておりません。悪女だとおっしゃるなら、きちんとお調べになりましたか?」
「聖女クララの証言がなによりの証拠だ」
「……義妹は聖女ではありません」
アラン様は鼻で笑い、冷たく言い放った。
「皆の者に聞いてもらいたい。シャルロッテがこれまで示してきた『聖女の力』——あれはすべて嘘であった。真の聖女は、クララである!」
会場にどよめきが広がる。
私が聖女に選ばれたのは十歳の時。神殿の魔力測定の儀で聖なる力があると分かり、すぐに同じ年のアラン様と婚約が結ばれた。
アラン様と婚約が結ばれた日のことを、今でも鮮明に覚えている。
きらめく金髪に碧い瞳。緊張で強張る私に、手を差し出した彼は、まるで物語から抜け出てきたような王子様だった。
それから、この国のためになるように、ずっと努力してきた。
先代の聖女から手ほどきを受け、王国の結界を張り続けてきた。この結界がなければ、魔物の侵入を許し、日照りや病が国を蝕んでしまう。夜明けとともに神殿で祈り、王城で妃教育を受け、学園では生徒会の仕事を補佐した。
弱音を吐かなかったのは、アラン様の隣に立つと信じていたから。
「……アラン様、お義姉さまが睨んできます」
アラン様の腕に怯えるように縋るクララ。華奢な身体、透明感のある白い肌と上気したようなバラ色の頬。
銀髪に水色の瞳という冷たい印象の私とは対照的に、桃色の髪と瞳のクララは庇護欲を誘う。
「睨んでおりません。クララを虐げたことはありませんし、聖女の務めも果たしております」
「お前がクララをいじめたという証言は揃っている。お前が張ったという結界は、すべてクララが代わりに行っていることはわかっているのだぞ」
「……アラン様、神殿の結界記録を確認されたのですか?」
結界は目には見えない。でも、魔力にも指紋のような固有を識別できる魔力紋がある。神殿の結界記録を見れば、誰がいつ魔力を注いだかわかるのだ。
「俺に意見するとは不敬だぞ。聖女であるクララが『自分が代わりに祈っていた』と涙ながらに証言している。それ以上に何が必要だ」
クララの証言だけを理由にすべてを決めようとするなんて、呆れを通り越して頭が痛くなってきた。
「さすがの悪女も観念したか。お前のような性悪な偽聖女は、未来の王妃として相応しくない。俺とお前の婚約は破棄する」
私とアラン様の関係が悪化したのは、クララが公爵家に来てからだ。
お母様が亡くなり、喪が明けぬうちに、継母と義妹のクララが公爵家に乗り込んできた。クララは私の大切にしていたドレスに宝石、お母様の形見を奪っていった。さらに、婚約者であるアラン様にクララは手を出した。
何度も注意をしたが、アラン様の心は完全にクララのものになってしまった。
「そんな……、国王陛下の同意を得られていらっしゃるのですか……?」
「学園を卒業したならば成人と同じだ。父上に相談せずとも、偽聖女との婚約破棄くらい判断出来る」
国王陛下と王妃殿下は外交中で不在。唯一の肉親であるお父様は、継母と並んで満足そうに頷いているだけだった。その事実に、胸の奥で何かがひび割れる音がした。
「お義姉さま……クララはもう限界です……毎日、お義姉さまの代わりに祈っていました。怖くて、言えなくて……でもアラン様に、全部正直に話してしまいました……」
瞳を潤ませ、声を震わせながら語るクララ。そんなクララをアラン様が愛おしそうに肩を抱き寄せる。
「もうシャルロッテに怯えることはない。勇気ある告白は賞賛されるものだ。真なる聖女はクララであり、二度とシャルロッテに傷つけられることはないと誓おう」
「アランさまぁ……」
豊かな胸をさらに押しつけながら、私にだけ見える角度で、クララは口元を緩めて笑った。
「俺は真の聖女であるクララを新たな婚約者として迎えるつもりだ! お前は聖女の名を騙る罪人である。本来ならば未来の王族であるクララにした行いは死罪に値するが、優しいクララはそこまでは望まないという」
真意を測りかねて、アラン様を見つめた。
「シャルロッテ。お前には、最果ての北の神殿でこの国の平和を祈ってもらう」
「……北の神殿で、ですか?」
オウム返しをする私に、アラン様が鷹揚に頷く。北の神殿は王都から遠く隔てられた場所だ。
「クララも聖女の力に目覚めたばかりで、結界を張るのに慣れていない。お前のような偽聖女であっても、祈りがあったほうがいいだろう」
「愛されないお義姉様は、さっさと北の神殿に行ってくださいよ〜」
私の中に残っていた最後の未練が、ぷつりと断ち切れた。アラン様とクララは、私が真の聖女であることを知っている。それなのに、私を北の神殿へ追いやり、聖女の力だけを使おうとしている。身勝手にもほどがある。
これから最果ての地で静かに祈りを捧げるだけの生活を想像して、目の前が真っ暗になった。でも、これ以上、私が何を話してもこの決定を変えられない。
「……分かりました、アラン様。わたくしは最果ての地で、この国の安寧を祈りましょう」
クララの仕組んだことだとわかっていても、この状況を打開できる方法が思いつかない。あまりに悔しくて、自分の無力さに嫌気がさす。
膝を折り、淑女の礼を執った。
その瞬間——大広間の扉が勢いよく開かれた。
「待て」
低く、よく通る声が響く。会場中の視線が一斉にそちらを向いた。
「フレデリック様……?」
隣国──大陸最大の獣人王国クローリクの王太子フレデリック様だった。堂々とした足取りで、彼は私のもとへ歩み寄ってくる。
フレデリック様は、兎を祖先とした兎獣人。きらめく金髪と、王族の証である濃い紅色の瞳。見た目に獣の耳や尻尾はないが、高位貴族の獣人は自在に隠すことができるという。
「大丈夫か、シャルロッテ嬢」
「……ええ」
私と同じ年のフレデリック様は、留学に来ていた。
留学に来ていた彼を、本来ならアラン様が案内するはずだった。でも、アラン様はクララとの逢瀬で忙しく、私がずっと案内役を務めていた。もちろん彼の側近がついているので、二人きりになったことはない。
フレデリック様と過ごす時間は、クローリク王国の話を聞いたり、課題について議論する穏やかなものだった。
聡明なフレデリック様との交流は、いつも私の心を癒してくれていた。
「アラン。獣人の耳は人より優れていてね。シャルロッテ嬢との婚約を破棄する、と聞こえたが——間違いないか?」
フレデリック様は私の前に立ち、アラン様に尋ねた。
「そうだ。悪女が聖女と偽っていたから当然だろう。ちょうどいい、フレデリックが証人になってくれないか」
「もちろん引き受けよう。今日は、実にめでたい日だ」
破顔するフレデリック様を見て、アラン様が笑った。
「フレデリック。友として祝ってくれて感謝する」
「心から祝福しよう。我が運命の番と婚約破棄してくれたのだから」
「…………は? 番だと?」
「他国の王子の婚約者を勝手に連れ去るわけにはいかないからな。どう交渉しようか悩んでいたが、婚約が解消されたならば何も問題はなくなった」
フレデリック様が優雅に振り向くと、まっすぐに私を見つめた。
「シャルロッテ嬢、やっと言える——私の番としてクローリクへ来てくれないだろうか」
「…………え?」
「出会った日から、匂いでわかっていた。ずっと、この瞬間を待っていたんだ」
一瞬の沈黙の後、会場が騒然とした。私も突然のことに状況を理解できず、目を見開いた。
運命の番——
獣人にとって「番」とは、唯一無二の伴侶であり、魂の片割れを意味する言葉だ。生涯でただ一人の特別な相手であり、本能的に認識される運命のパートナーだとされている。
「な……何を言い出すんだ、フレデリック! こいつは罪人だぞ!」
「罪人? 面白くもない冗談を言うな。クローリク国の王太子として、今後、貴国との付き合いを考えねばならないな」
フレデリック様の声は氷のように冷たく、怒りを滲ませていた。アラン様の顔が青ざめる。
「なっ……! いや、シャルロッテは北の神殿で祈ると決まったのだ。この国から出すわけにはいかない!」
「なにを言う。偽者の聖女だと言ったばかりではないか?」
「た、たとえ偽者であろうとだ……!」
「意味がわからない。偽者ならばこの国を離れようと構わないはずだ。まさか偽者だと言いながら、我が愛する番に祈らせ、結界の手柄だけその女に渡すつもりだったのか」
「ま、まさか……そんな……」
アラン様の顔は、青ざめるのを通り越して血色を失っていた。
「アラン、君は皆の前で婚約を破棄した。ならば私は、彼女を正妃として迎える。我が国の国王も、私の望む者を正妃にしていいと一任してくれている。何も問題はない」
ハッと気づいたように、アラン様がこちらに顔を向けた。
「シャルロッテ、フレデリックにハッキリと言ってやれ。俺のことが好きだと。そうすれば、俺の側妃にしてやる」
「お断りいたします」
「わかったか、こいつは俺が好きなん──…? おい、シャルロッテ、今なんと言った?」
断られるとは思ってもいなかったアラン様が、困惑したように目を見開いた。
「お断りします、と申しました」
「なっ……! はあ?」
「婚約が決まってから、私はアラン様の隣に立つために生きてきました」
「やはり! それならば……」
まっすぐアラン様を見つめる。
「ですが、婚約者としての義務も果たさず、私を偽聖女と呼び……私の努力も、想いも、すべて踏みにじられました。そんなアラン様に想いなどあるはずありません」
言いたいことを告げた後、私はゆっくりとフレデリック様を見上げた。紅色の瞳が、私を見つめている。
ふと、思い出した。
学園の頃、体調を崩しているのを隠していたときも、気づいてくれたのはフレデリック様だった。家族でなくても、私を見てくれていた人は、目の前にいたのだ。
「フレデリック様、私は獣人ではないので……あなたが番かどうかわかりません。それでも、よろしいでしょうか?」
フレデリック様が、突然私の腰を引き寄せた。
「もちろんだ。獣人は決して浮気をしない。番を、一生一途に愛し抜く」
その言葉に、私は思わず微笑んでしまった。
「……私の理想の男性も、浮気をしない方です」
そう答えると、フレデリック様の紅色の瞳が、嬉しそうに細められた。唇が、私の耳元にそっと寄せられる。
「失礼する、シャルロッテ嬢」
低く囁かれるのと同時に、腕に力がこもった。私の身体はさらに強く引き寄せられ、彼の胸に密着する。温かな体温が伝わり、清らかな森の風のような爽やかな匂いが鼻をくすぐった。
「……っ」
思わず息を呑む。
異性の方と、手袋越し以外で触れ合ったことなどなかった。改めて思うと、アラン様とは婚約者らしい触れ合いすらしたことがなかったのだと気づいた。
フレデリック様の腕の中にすっぽりと閉じ込められる。あたたかな体温につられるように、私の頬が紅潮していく。
「……あの、フレデリック様……? 何を……なさっているのですか?」
私の頭頂に、フレデリック様があごを優しくこすりつけている気がして、顔を上げた。きらめく金髪が私の髪に触れ、彼のあごが丁寧に私の頭をなぞるように動いている。
「これは自分のものだと主張するためのマーキングだ」
「マーキング……?」
「ああ。正式には『チンニング』という。兎獣人はあごの下に特別な香腺を持っている。人間には感知できない匂いを、自分の大切なものに塗りつけるんだ。……シャルロッテ嬢に俺の匂いが混ざるのが、たまらない」
「〜〜っ⁉︎」
最後の言葉に驚いて、目を見開いた。そんな私に構わず、フレデリック様はあごを滑らせ、さらに熱心に香りを残していく。
王子妃教育で学んだことを思い出す。
大国クローリクの王族には、所有を宣言する行為がある。無闇に行うものではないが、『これは俺のものだ。誰にも渡さない』という極めて明確な意味を持っている。
「……嬉しいです」
「だめだ……俺の番が可愛すぎる……」
強く抱き寄せられる。これほどまでに自分を求めてくれた人は、今まで誰もいなかった。
たくましい腕の中で、視線が彼の髪の間を泳ぐ。高位の獣人は耳や尻尾を隠せる。うさ耳と尻尾は、大切な者にしか触らせないという。
「……フレデリック様、うさ耳を触らせてくださいませんか?」
「し、シャルロッテ嬢……急にそんな……!?」
フレデリック様の動きが止まる。紅色の瞳が大きく見開かれ、耳まで真っ赤に染まっていく。
「………………耳を触りたいというのは、閨への誘いの求愛行為だと知っているのか」
先ほどまでの低く落ち着いた声とは違う、明らかに動揺した響き。
従順な婚約者でいても、勤勉な聖女として祈っても、なにも手にすることができなかった。それならば、いっそのこと悪女になってしまえばいい。
妖艶に見えるように笑みを浮かべ、フレデリック様の頬にそっと手を添える。
「それでも——二人きりになりたい、と言ったら軽蔑されますか?」
紅色の瞳に射抜かれ、見つめ合う。時間にしたらわずか数秒のこと。フレデリック様が短く息を吐いた。
「……望みはなんだ?」
「許せない方がおりますの。手を貸してくださいませんか?」
ゆっくり視線を動かし、ひたりと見据える。視線の先にいたアラン様の肩が跳ねる。その隣にはクララが立っている。フレデリック様に視線を戻し、にこりと微笑む。
「わたしの番は、とんだ悪女らしい」
「……悪女はお嫌いですか?」
次の瞬間、私は軽々と抱き上げられていた。フレデリック様の胸に密着し、腕の中にすっぽりと収まる
「望みなら、叶えてやる。ただし、責任は取ってもらうからな」
私を抱えたまま、フレデリック様は大股で歩き出した。振り返ると、アラン様が絶望したように膝をついていて、クララは涙を流している。
フレデリック様には側近の方に「あとを頼む」と短く伝え、そのまま会場を後にした——
そして。
私は、運命の番としてフレデリック様と契りを交わした。ひとときも離れたくない、という彼の希望で、婚約を飛ばしての成婚。大国クローリクの王太子妃として、新しい人生を歩み始めた。
あれから、国王陛下夫妻が戻るとアラン様の王位継承権は剥奪され、北の塔に幽閉された。父と継母は身分を剥奪され強制労働の炭鉱へ送られた。国を覆う結界は、国中の聖女たちがかき集められ、祈りを捧げているが、それでも魔物や日照りによる被害は以前よりも増え、王家に批判が集まっているという。
クララは辺境にある修道院へ送られる途中、何者かに襲われ、行方不明になったまま。道には桃色の髪が散らばったと聞き、隣に座るフレデリック様に抱きついた。
「フレデリック様、義妹を救ってくれて……ありがとうございます」
クララが継母の嫌がらせから私を庇うため、ドレスや宝石をクララの部屋に匿い、毒入りの食事を床に落としてくれていたのを知っていた。挙句、自分が悪女のように振る舞い、私だけをアラン様や継母から安全な北神殿に逃そうなんて——許せなかった。
だから、パーティーから連れ出されて二人きりになったとき、私はすぐにフレデリック様へ「クララを助けてほしい」と頼んだ。
「当たり前だ。愛しの番からの願いだからな」
「悪女の間違いでは?」
その途端、視界が逆転した。気付けば私はソファに背を預け、フレデリック様に覆い被さられている。
状況が理解できず、目を瞬かせた。
「悪女かどうかなど、調べればわかることだ」
とろけるような低い声。フレデリック様はジャケットを脱ぎ、タイをゆっくりと緩めた。紅色の瞳は蜂蜜を煮詰めたように甘い。
「義妹殿には感謝しなくてはな」
「ええ。自慢の義妹ですから」
「…………まったく妬けるな」
フレデリック様の首に両腕を回して引き寄せた。
「愛しているのは、フレデリック様ですよ」
「…………やはりシャルロッテは悪女だ」
うさ耳に囁いてキスを落とせば、紅色の瞳にゆらりと熱が灯る。フレデリック様の顔がゆっくり近づいてくる。
クララ、あなたの幸せを誰よりも祈っている——
心の中で静かに別れを告げて、私はまぶたをとじた。
◇◇◇
あたしの目の前に広がるのは、どこまでも青い海。
船上で、短くしたばかりの桃色の髪が潮風にはためく。
修道院で生涯を過ごすはずだったのに、移送中に逃がしてくれたのは、お義姉様に頼まれたフレデリック様の影だった。
(お義姉様には敵わないなあ)
行き先は、海の向こうにある薬草大国。
毒は薬にもなると知ったのは、皮肉にもお母さんの嫌がらせのおかげだ。毒を捨て続けるうちに、お義姉様を守ろうと自然と興味が湧いていた。
誰にも夢を語っていないのに、薬師になるための学園への紹介状と宝石の入った鞄。
それから、新しい名前。
王子を唆した悪女のクララは、もういない。
あたしの人生が大波乱になったのは、お母さんにお貴族様の家へ連れて行かれてからだ。
でもその大豪邸には、本物のお姫様がいた。
シャルロッテお義姉様。
美しい銀髪と涼やかな水色の瞳。たおやかな仕草に、初めて会った日に心酔した。
お母さんがお義姉様に意地悪を始め、あたしをお姫様にしようと企んでいると知ったときは、頭が腐っているのかと思った。
カボチャがリンゴになれるはずがない。平民のあたしがお姫様になれるわけもない。誰にでもわかることなのに、お母さんは分からなかった。
だから、あたしは自分で動いた。
お母さんがドレスや宝石を奪おうとすれば「あたしが欲しい」とわがままを言い、あとで飽きたふりをして返した。教科書の嫌がらせに気づけば破り捨て、食事に毒を盛るのを見つけて床に捨てた。
(……お母さんは、最後まで気づかなかったなあ)
本当に絶望したのは、お義姉様の婚約者がアランだと知ったときだ。
優秀で美しいお義姉様に劣等感を抱き、何かにつけて文句を言い、遊び呆けて贅沢三昧の男。あんな人が大好きなお義姉様の夫になるなんて、許せなかった。
真面目で優しいお義姉様は、結界が壊れて民が傷つくくらいなら、自分を犠牲にして働いてしまう。お義姉様、一人だけが不幸になる未来しか見えなかった。
だから、あたしは男受けするこの身体を使ったハニートラップをすることに決めた。
予想以上にちょろかったアランはあっさり落ちて、自ら醜悪さをさらけ出した。お義姉様を北の神殿へ送ろうとしたのも、アランやお母さんの手が届かない場所へ逃がしたかったからだ。
アランからもらった宝石は換金して、お義姉様の名前で北の神殿に寄付した。
(それにしても、運命の番だったなんて……)
卒業まで半年を切った頃、フレデリック王太子が留学してきた。
お義姉様への視線を見て、もしかして番なのではと期待した。もしアランの婚約者でなくなれば、北の神殿に行くよりお義姉様はもっと幸せになれるかもしれない。
獣人は耳がいい。
だから卒業パーティーの前に、学園の中でアランに「お義姉様と婚約破棄してほしい」とねだった。
(まさか、こんなに上手くいくなんて)
フレデリック王太子の卒業パーティーでの匂いつけの執着には引いたけど、あれくらい愛情がある方がお義姉様には似合いそうだ。
「お義姉様、どうかお幸せに」
お義姉様のまぶしい笑顔を思い出して、心から幸せを祈った。
おしまい












