最初の仮説と確かな手応え
魔導研究を進める、と決めてからの時間は、思った以上に静かだった。
学園の空気は変わらない。
授業は淡々と進み、生徒たちはそれぞれの研究課題に向き合っている。
けれど、私の中では確かに意識が変わっていた。
机の上には、何冊もの資料が積み上げられている。
魔導に関する記述。
伝承に近いもの、観測記録、断片的な体験談。
どれも統一性はなく、読み解くには根気が要った。
「……共通点は、ありますね」
エドワードが、資料から目を離さずに言った。
「はい。完全にばらばらに見えて、いくつかの要素は一致しています」
私は、書き留めたメモを指で押さえた。
発現時の集中状態。
身体の緊張と緩和。
精神と肉体が、同時に一つの方向を向いていること。
「魔導は、意志だけでは起こらない」
私が言うと、エドワードは小さく頷いた。
「ええ。身体反応が、必ず伴っています。呼吸、脈拍、体温……」
「つまり、魔導は“考える力”だけじゃ足りない」
言葉にするたび、輪郭がはっきりしていく。
奇跡ではなく、現象として捉える。
再現できなくても、近づくことはできる。
「……仮説として、組み立ててみましょう」
エドワードはそう言って、羊皮紙を一枚引き寄せた。
私たちは慎重に、魔導の発現条件を整理していく。
一つひとつ、確かめるように。
最初の検証は、学園内の演習用区画で行うことにした。
人の少ない場所。
余計な刺激のない環境。
「……少し、緊張します」
エドワードの声は、わずかに硬い。
「私もです。でも、今日は確かめるだけ」
自分に言い聞かせるように、私はそう答えた。
深く息を吸う。
意識を一点に集中させ、身体の感覚を整える。
構築したのは、未完成の魔導式。
成功を期待するには、あまりにも頼りない。
「……いきます」
エドワードの合図で、私は意識を沈めた。
一瞬――。
確かに、何かが触れた気がした。
けれど、それはすぐにほどけて消えた。
周囲の空気は、何も変わらない。
結果としては、失敗だ。
「……」
沈黙の中で、エドワードが静かに息を吐いた。
「今の反応……完全な無反応ではありませんでしたね」
「はい」
私は頷いた。
「ほんの一瞬でした。でも、確かにいつもと違う感覚がありました」
それだけで、十分だった。
何もないわけではない。
間違ってもいない。
「条件が、足りないだけです」
私がそう言うと、エドワードは少し考え込むように視線を落とした。
「……環境、でしょうか」
「ええ。学園内は整いすぎています。魔導は、もっと自然に近い場所の方が……」
言葉にしながら、思考が形を成していく。
「野外で、検証してみたいです」
エドワードは一瞬驚いたように目を瞬かせ、それから小さく笑った。
「本格的ですね」
「後悔していますか?」
そう尋ねると、彼は首を横に振った。
「いいえ。……むしろ、少し楽しみです」
その表情は、穏やかで、どこか安堵しているようにも見えた。
まだ成果はない。
けれど、確かな手応えはある。
魔導研究は、静かに、確実に前へ進み始めていた。




