魔導研究……?
「魔導研究……? ですか?」
思わず聞き返した私に、エドワード・リースは一瞬だけ視線を伏せ、それから小さく頷いた。
その仕草は相変わらず控えめで、けれど逃げるような弱さはない。慎重に言葉を選びながらも、彼自身の考えを曲げるつもりがないことだけは、はっきりと伝わってくる。
「……突飛な話だと、思います。学園の研究発表としても、前例はありませんし」
エドワードはそう前置きしてから、机の上に広げていた資料に視線を落とした。
私たちは今、次の研究発表に向けたテーマを決めるため、図書棟の一角を借りて向かい合っている。静かな空間に、紙をめくる微かな音だけが響いていた。
「でも……だからこそ、やる価値があるとも思っています」
魔導。
その言葉を、私は心の中で反芻する。
この国において魔導とは、奇跡の領域だ。存在は知られているが、仕組みはほとんど明かされていない。ごく一部の上級貴族が扱える、血と才能に依存した特別な力。
研究対象になるなど、普通なら考えもしない。
「……正直に言いますね」
エドワードが、少しだけ声を低くした。
「僕は、魔導を“特別なもの”のままにしておきたくないんです」
その言葉に、私は顔を上げた。
彼の表情は真剣で、しかしどこか痛みを抱えているようにも見えた。
「僕の母は、病気で亡くなりました」
淡々と語られるその事実に、胸がきゅっと締め付けられる。
「治療法はありました。でも、間に合わなかった。……もし、魔導がもっと身近で、体系化されていて、誰かが使えるものだったなら。結果は違ったかもしれない」
沈黙が落ちる。
私はすぐに言葉を返せなかった。
魔導を研究する理由が、名誉や好奇心ではないことは、もう十分に伝わっていたからだ。
「もちろん、研究できるかどうかも分かりません」
エドワードは自嘲気味に笑った。
「実現性は低い。評価もされないかもしれない。それでも……挑戦したいんです」
私は、机の上に置いた自分の手を見つめた。
控えめでいることを良しとされ、波風を立てないように生きてきた私にとって、この提案はあまりにも大きい。
けれど――。
「……理論として、組み立てることはできると思います」
気づけば、私はそう口にしていた。
エドワードが、はっとしたようにこちらを見る。
「魔導を“奇跡”として扱うから、理解できないんです。現象として捉えれば、きっと法則はある」
自分でも驚くほど、言葉は静かに、けれど迷いなく紡がれていく。
「すぐに誰もが使えるものにはならないでしょう。でも……最初の一歩なら、踏み出せるかもしれません」
エドワードの瞳が、わずかに揺れた。
「……レイナさん」
「一緒にやりましょう」
私は、はっきりとそう言った。
「魔導研究。簡単じゃない。でも、意味はあると思います」
一瞬の沈黙のあと、エドワードは深く息を吸い、そして――不器用なくらい真っ直ぐに、頭を下げた。
「ありがとうございます。……本当に」
その姿を見て、胸の奥が温かくなる。
これは、誰かを打ち負かすための研究じゃない。
誰かを救うための、一歩だ。
そう思えたことが、何よりも嬉しかった。




