それでも、私はあなたを見捨てない
マリエ・ルフォールの暴走は、もはや後戻りできないところまで来ていた。
噂を流した。
陰で囁き、視線を集め、レイナ・ヴァルディアの名を歪めようとした。
だが、それだけでは足りなかった。
誰もが一度は耳を傾けるが、決定打にはならない。
控えめな令嬢、真面目で大人しい生徒――その長年積み重ねられた印象は、簡単には崩れない。
焦燥が、マリエの胸を焼いていた。
奪われた。壊された。
すべてを、あの女に。
そう思った瞬間、理性の最後の歯止めが外れた。
――ならば、事実を「作ってしまえばいい」。
そうして、彼女は一線を越えた。
提出されたのは、数枚の書類だった。
レイナが不正に成績を操作したという告発文。
教師の署名、成績表の写し、そして証人とされる生徒の名前。
紙面だけを見れば、非の打ち所はない。
丁寧に整えられ、悪意は巧妙に隠されている。
一見すれば、真実のように。
――だが。
「この署名ですが」
調査を担当した教師が、静かに口を開いた。
「担当教官のものではありません。筆跡が一致しない」
淡々と告げられたその一言に、場の空気が一瞬で張り詰める。
「成績表も同様です。
使用されている紙とインクは、学園指定のものではありません」
重ねられる事実。
逃げ道は、ひとつずつ塞がれていく。
――教師たちは悟っていた。
これはもはや、生徒間の諍いではなく、学園そのものの信用に関わる問題だと。
沈黙が落ち、空気が凍りついた。
追及され、マリエは声を荒げた。
「違いますわ! わたくしは、ただ……正義のために……!」
だが、証拠は揃っていた。
偽造。
虚偽の告発。
悪意をもって、他者を陥れようとした事実。
「マリエ・ルフォール。
あなたには、退学処分が――」
「お待ちください」
その声に、全員の視線が集まった。
レイナ・ヴァルディアだった。
「……処分を、少しだけ待っていただけませんか」
教師たちが戸惑う中、レイナは一歩前に出る。
震えはない。
「マリエ様は、現在……身重だと聞いています」
ざわ、と小さなどよめきが起こる。
「精神的にも不安定な状態で、冷静な判断が出来ていなかった可能性があります」
マリエが、はっと顔を上げた。
「わたしは、彼女を許したいわけではありません」
レイナは、はっきりと言った。
「けれど――このまま切り捨てて終わり、というのは
あまりにも、未来を閉ざしてしまうと思うのです」
その声は、静かで、優しかった。
「……どうして」
マリエの声は、掠れていた。
「どうして、わたくしを……」
彼女は崩れ落ちる。
「あなたのせいで、わたしは……!
全部、全部……!」
涙が溢れ、嗚咽に変わる。
嫉妬。
恐怖。
奪われると思い込んだ未来。
ぐちゃぐちゃになった感情が、抑えきれずに溢れ出す。
レイナは、黙ってその姿を見つめていた。
そして、静かに口を開く。
「……あなたが、苦しかったことは分かります」
それは、憐れみではない。
「でも、だからといって、誰かを踏みつけていい理由にはなりません」
はっきりと、線を引く。
「それでも――」
レイナは、最後にこう言った。
「どうか、お腹の子だけは……大切になさってください」
その言葉に。
マリエの肩が、大きく震えた。
声にならない泣き声が、部屋に響く。
裁定は下された。
退学は免れない。
だが、猶予と、最低限の配慮が与えられた。
学園を出る日。
マリエは、誰とも目を合わせず歩いていった。
ただ一度だけ、振り返る。
そこに立つレイナを見て、唇を噛みしめ、深く頭を下げた。
レイナは、何も言わずに見送った。
これが、彼女なりの決着だった。
――おどおどしていた令嬢は、もういない。
強さとは、奪うことではない。
踏みにじることでもない。
それを知った彼女は、静かに、確かに。
新しい一歩を踏み出していた。
レイナの在り方をどう感じていただけたか、少し気になっています。
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