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他の女と子供を作ってきて「愛している」はないでしょう 〜婚約破棄から始まる私の人生〜【連載版】  作者: ピラビタ


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静かな意思表示

 その日の昼休み。

 レイナは図書館の隅で、一人静かに座っていた。


 耳に入るのは、断片的な会話。


 「フェルク家、大丈夫なの?」

 「相手、ルフォール家でしょう?でも婚約してたのは……」


 噂は、誰かが意図的に流さなくても、自然に広がっていく。

 家柄と家柄。

 責任と立場。

 それらが絡めば、沈黙はむしろ不自然だった。


 レイナは、本を閉じる。


 ――感情的になっても、何も変わらない。

 ――泣いて縋っても、軽んじられるだけ。


 そう理解した瞬間、胸の奥にあった震えは、少しずつ形を変え始めていた。


 怖い。

 不安だ。

 それでも。


 「……ちゃんと、見極めないと」


 誰が、何を守ろうとしているのか。

 誰が、責任から逃げているのか。


 おどおどと伏せていた視線が、静かに前を向く。

 まだ小さく、まだ不完全だが――確かな変化だった。


 レイナ・ヴァルディアは、知らぬ間に決めていた。

 もう、何も分からないふりをするのはやめよう、と。


 翌日から、学園の空気は明らかに変わった。


 レイナ・ヴァルディアが廊下を歩くと、会話が一瞬止まり、そしてまた小さく再開される。

 好奇の視線、同情、そして――値踏み。


 それでも彼女は、以前と同じように静かに振る舞った。

 背筋を伸ばし、歩幅を乱さず、何も聞こえていないふりをする。


 だが、何も起きていないわけではなかった。


 「ヴァルディア嬢」


 昼前、貴族科の教室で声をかけてきたのは、同じ伯爵家の令嬢だった。

 気遣うような微笑みの裏に、探る色がある。


 「大変ですわね……その……フェルク家の件」


 レイナは一瞬、言葉を選ぶように視線を落とし、それから小さく首を振った。


 「……私も、詳しいことは存じませんの」


 それだけを告げる。

 否定も肯定もせず、誰かを責めることもしない。


 その曖昧さが、かえって噂に重みを与えた。


 ――フェルク家は、説明をしていない。

 ――ヴァルディア家は、沈黙している。


 貴族社会において、その二つは「不利」の兆しだった。


 その日の放課後。

 レイナは呼び出され、応接用の小部屋に足を運んでいた。


 そこにいたのは、婚約者であるアルヴィン・フェルクと――マリエ・ルフォール。


 「……あら、レイナ様」


 マリエは腹部を庇うように手を添え、わざとらしく微笑んだ。

 その仕草だけで、周囲に何を主張したいのかが分かる。


 「お身体は……大丈夫なのですか」


 レイナが控えめにそう尋ねると、マリエは一瞬だけ眉をひそめ、すぐに勝ち誇ったような表情に変えた。


 「ええ、もちろん。アルヴィン様が、ずっと支えてくださっていますもの」


 隣でアルヴィンが、わずかに肩を強張らせる。


 「マリエ、その言い方は――」


 「だって事実でしょう?」


 マリエは言い切った。

 その声音は柔らかだが、明確にレイナを見下している。


 「私とこの子は、フェルク家の未来に必要なのですもの。

 ……あなたも、分かってくださいますわよね?」


 空気が、張りつめた。


 レイナはすぐには答えなかった。

 以前の彼女なら、慌てて否定し、場を取り繕おうとしただろう。


 だが今は、違った。


 「……未来、ですか」


 小さく、しかしはっきりとした声だった。


 「フェルク家の未来については、当主同士でお話しになることかと存じます」


 マリエの笑みが、わずかに歪む。


 「私は、あくまで婚約者という立場でしたので」


 “でした”

 その過去形に、アルヴィンがぴくりと反応した。


 「レイナ、待ってくれ。まだ、正式に決まったわけじゃない」


 焦ったように言い訳を重ねるアルヴィン。

 その姿は、学園で噂されている“頼れる貴族子息”とは程遠い。


 「責任は取るつもりだ。だが、家の判断もあるし……君だって、分かっているだろう?」


 分かっているだろう、という言葉。

 それは理解を求めるふりをした、押し付けだった。


 マリエはそれを好機と見たのか、さらに一歩踏み込む。


 「そうですわ。レイナ様は控えめでお優しい方。

 きっと、身を引くことが“正しい選択”だと――」


 「ルフォール様」


 レイナは、初めてマリエの言葉を遮った。


 声は震えていない。

 視線も逸らさない。


 「正しさを決めるのは、私ではありません」


 マリエは目を見開いた。

 反論されることに慣れていない顔だった。


 「それに」


 一拍置き、レイナは続ける。


 「貴族にとって大切なのは、感情よりも責任ですわ」


 その言葉は、柔らかだが鋭かった。


 アルヴィンの顔色が、目に見えて悪くなる。

 マリエは唇を噛み、苛立ちを隠そうともしなくなった。


 「……ずいぶん、強気になられましたのね」


 「いいえ」


 レイナは静かに首を振る。


 「今までが、何も言わなさすぎただけです」


 その場を支配していたのは、もはやマリエでもアルヴィンでもなかった。

 説明も、弁明もできない二人が、ただ追い詰められていく空気。


 数日後。

 フェルク家とルフォール家に関する話は、学園の外――社交界にまで届き始める。


 婚約を結んだまま、別の女性を妊娠させた子息。

 それを正当化し、当然の権利のように振る舞う相手。


 そして、沈黙を保ちながらも一切取り乱さないヴァルディア家令嬢。


 評価が、静かに逆転していった。


 レイナはその流れを、驚くほど冷静に見つめていた。


 ――これは、誰かを貶めた結果ではない。

 ――ただ、彼ら自身の言動が、形になっただけ。


 自分の足元が、少しだけ確かになるのを感じながら。

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