表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他の女と子供を作ってきて「愛している」はないでしょう 〜婚約破棄から始まる私の人生〜【連載版】  作者: ピラビタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/18

彼の選択

 それから数日が過ぎ、学園は何事もなかったかのように穏やかな日常が続いていた。


 中庭では学生たちが談笑し、回廊には講義を終えた者たちの足音が行き交っている。噴水の水音は規則正しく、空は不自然なほど澄んでいた。


 エドワードは、人通りの少ない回廊の一角で足を止めた。


 そこにいたのは、アルヴィン・フェルクだった。


 彼は書類を一束抱え、まるで偶然そこに居合わせただけのような顔で立っている。


「……何か?」


 先に口を開いたのはアルヴィンだった。


 穏やかで、丁寧な口調。

 だが、声の奥にはわずかな距離感が含まれている。


「お忙しいところ、すみません」


 エドワードは一歩進み、礼をした。


「少しだけ、お時間を」


「構わないよ」


 アルヴィンは肩をすくめる。


「もっとも、君と私の間に、ゆっくり話す用事があるとは思えないけれど」


 柔らかな笑み。

 だが、それは社交の仮面に近い。


「……先日の件についてです」


「ああ」


 アルヴィンは、思い出したように頷いた。


「叔父の件かな?

 それとも、学園内で広まりつつある噂の整理について?」


 どちらでもいい、と言外に含ませた言い方だった。


「前者です」


 エドワードは、視線を逸らさずに答える。


「あなたが、恥をかいてでも動いたこと。その結果――マリエさんと子どもが助かったこと」


「……結果論だな」


 アルヴィンは、あっさりと切り捨てた。


「誰が動かなくても、別の手段はあったかもしれない。

 私はたまたま、最も面倒で、最も目立つ道を選んだだけだ」


「……それでも」


「それでも、何だい?」


 静かな問い返し。

 怒気はないが、試すような視線が向けられる。


 エドワードは一拍置いてから、言った。


「あなたが逃げなかった事実は、変わりません」


 一瞬。


 アルヴィンの目が、わずかに細められた。


「君は……」


 苦笑に近い表情を浮かべる。


「本当に、人の内側を勝手に決めつける癖があるな」


「そのつもりは――」


「いいや」


 遮るように、しかし声を荒げることなく続ける。


「否定しなくていい。

 君はそういう人間だ。だからこそ、ほとんど初対面の私にあそこまでの物言いができたのだろう?」


 回廊に沈黙が落ちる。


 アルヴィンは、しばらく考えるように視線を遠くへ向け、それから静かに言った。


「君は口を挟みすぎだ」


 責めるというより、事実を告げる口調だった。


「この件は部外者に深入りされるような問題ではなかった。それは理解しておいてくれ」


 そこで、言葉を切る。


 ほんの一瞬、逡巡するような間。


「……ただ」


 アルヴィンは、エドワードを見た。


 今度は、はっきりと。


「叱ってもらわないと、人の道さえ平気で踏み外す屑がいるのも、また事実だ」


 自嘲とも取れる言い回し。


「その点だけは――」


 口元に、ごく薄い微笑を浮かべる。


「礼を言っておくよ」


 それだけ言うと、アルヴィンは踵を返した。


 背中は、以前よりも少しだけ軽く見えた。


 


 エドワードは、その場にしばらく立ち尽くしていた。


 自分がしたことは、正しかったのか。

 越えてはいけない線を、踏み越えたのではないか。


 答えは、まだ出ない。


 それでも。


 誰かが立ち止まり、逃げずに選んだ事実だけは、確かにそこにあった。


 エドワードは小さく息を吐き、夕暮れの学園へと歩き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ