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他の女と子供を作ってきて「愛している」はないでしょう 〜婚約破棄から始まる私の人生〜【連載版】  作者: ピラビタ


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希望の行方

 マリエの療養している家は、村外れにあった。


 人目を避けるためではない。

 結果として、そうなっただけだ。


 風通しの良い立地。柔らかな日差し。

 療養には適している――そう説明された家だ。


 けれど、扉の前に立った瞬間、私は足を止めた。


 空気が、重い。


 淀んでいるというより、張りつめている。

 不安が、逃げ場を失って室内に溜め込まれているようだった。


 扉を開けると、付き添いの女性がはっと顔を上げた。


「……えっ……レイナ様?」


 突然の予期せぬ来訪者に困惑もあった、だがその声は驚き以上に切迫が勝っていた。



 寝台の上で、マリエは横になっていた。

 浅く、短い呼吸。胸が上下するたび、何かを耐えるように眉が寄る。


「……来て、くれたのね」


 声は細く、それでも確かに私を認識していた。


「ええ、お身体の具合はいかがですか?」


 そう尋ねるとマリエは小さく息を吐き、口元だけで笑った。


「……相変わらずの、お人好しね」


 視線だけをこちらに向ける。


「あなたのそういう所、嫌いだわ」


 わざとらしく、けれどどこか懐かしい言い方だった。


「別に、好かれようと思っていませんから」


 私は肩をすくめる。

 一瞬、間があった。


 それから、マリエが小さく吹き出す。


「……ふふ。変わったわね、本当に」


 付き添いの女性も、ほんの一瞬だけ表情を緩めた。

 張りつめていた空気に、わずかな隙間が生まれる。


 私は、改めて彼女の様子を見た。


 顔色は悪いが、命の危険が差し迫っているようには見えない。

 ――それが、最も厄介な状態だった。


 手を伸ばしかけて、止める。


 触れない。

 今は、触れてはいけない。


「……マリエ様」


 私は、声の調子を落とした。


「お話は聞いています。お子様の件……このまま様子を見るだけでは、状況は良くならない可能性があります」


 言葉を選ぶ。


 魔導の話は、しない。


「ですから――母胎を安定させることができるかもしれない、療法を試したいと思っています」


「……療法?」


「ええ。確実ではありません。負担もあります」


 それでも、目を逸らさずに続けた。


「ですが、何もしないよりは、可能性があります」


 マリエは、しばらく黙っていた。


 やがて、小さく頷く。


「……あなたが、そう言うなら」


 その言葉が、胸に重く落ちる。


 信頼だ。

 そして、責任だ。


 私は、彼女の腹部にそっと手を添え深く息を吸った。


 集中を整える。

 失敗は許されない。

 いつものように呼吸に合わせ、こちらが整うと向こうも整い始める。


 ――その瞬間。


 身体の内側で、微かに何かが揺れた。



 母胎の奥。


 未熟な命が、必死に留まろうとしているのが分かる。


 だが、その足場が、今にも崩れそうだった。


「……どう、ですか」


 マリエの声が震える。

 期待と恐怖が、同時に滲んでいる。


「……正直に言います。今すぐどうこうなる状態ではありません。でも……」


 彼女は、察したのだろう。


「……このままだと、駄目……なのね」


 私は、否定も肯定もしなかった。


 それが、答えだった。


 時間を延ばすだけでは足りない。

 放置すれば、失われてしまう。


 さらに判断を先延ばしにすれば、母体への負担も増す。


 ――今が、分岐点だ。


 私は、静かに息を吸った。


「少しだけ、試みます」


「……危ない、こと?」


「私にとっては」


 そう答えると、マリエは小さく笑った。


「……任せるわ」


 集中を深める。

 言葉もいらない。


 ただ、胎動する小さな命を、包み、育むイメージをこちらがはっきりと思い描く。

 

 数瞬の沈黙。


 マリエの呼吸が、ほんのわずかに深くなる。


「……あ……」


 苦痛が、一段階だけ和らいだ証。


 成功だ。

 だが――持続しない。


 支えが、足りない。

 私一人では、補いきれない。


(駄目だ……もっと、もっと集中しろ!)


 極限の集中状態が続く中、視界の端がじわりと暗む。


「……レイナ……」


 マリエが、震える手で私の袖を掴んだ。


「……お願い……この子だけでも」


「……やめてください」


 思わず、強い声が出た。


「それは、選択じゃありません」


「……でも……」


「二人ともです」


 私は、はっきりと言った。


「二人とも、生きる前提で考えます」


 根拠はない。

 保証もない。


 それでも、退く理由にはならなかった。


 再び集中を深める。

 守りたい、守らなくては……その気持ちとは裏腹に何度も視界が揺らぎ、意識が飛びそうになる。


 ――限界が、近い。


 その時。


 ガチャリと、扉が開く音が響いた。

 外気が、室内に流れ込む。


「……失礼する」


 低く、落ち着いた声。

 私は振り返ろうとして、膝が崩れた。


 ――誰……?

 いえ、誰でもいい……お願いマリエを……子供を……


 そのまま意識が遠のいた。

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