恥と責任
廊下の奥で、二人の足音が遠ざかっていく。
――レイナと、アルヴィン。
聞くつもりはなかった。
本当に、聞く気はなかったのだ。
だが、壁越しに交わされた会話は、あまりにも重く、あまりにも無防備で、エドワードの足をその場に縫い止めてしまった。
胎児の状態が良くないこと。
産めない可能性があること。
そして、それをどこか他人事のように語る、アルヴィンの声。
(……なんだ、それは)
拳を握りしめ、歯を噛み締める。
やがて、アルヴィンが一人で廊下に戻ってくるのが見えた。
エドワードは一歩、前に出る。
「……聞く気はなかったんだけど」
アルヴィンはわずかに眉をひそめる。
「あぁ……君は確か、最近レイナとよく一緒にいる……エドワード、だったか。
何か用かな? 君には関係のない話だと思うけど」
線を引くような言い方だった。
近づけたくない、距離を置くための言葉。
その言葉に、胸の奥が静かに焼ける。
「関係があります」
即答だった。
「レイナは――多分、魔導の力でマリエさんを助けようとしています」
アルヴィンの表情が、はっきりと変わった。
「……魔導?
そんな奇跡みたいなものを、彼女が扱おうというのか?」
困惑と、わずかな恐れ。
それを見て、エドワードは確信する。
「魔導は奇跡じゃない。
でも……研究してきた僕たちだからこそ分かる。
理解が不完全な今の状況で使えば、失敗する可能性は高い」
アルヴィンは何も言わない。
「それでもレイナは行く。
自分の責任として、マリエさんを救おうとしている」
沈黙。
しばらくして、アルヴィンが低く呟いた。
「……白紙に戻る、はずだったんだ」
弱音のような呟き。
「だからこそです」
エドワードは一歩、踏み出す。
「あなたにも、出来ることがある」
アルヴィンが顔を上げる。
「魔導は、元々一部の上級貴族が扱えるとされる事象。
フェルク家なら……近親者に支援を頼める可能性がある」
次の瞬間、感情が爆発した。
「分かったような口を利くな!」
声が震える。
「今回のことで、どれだけ追い詰められたと思っている!?
家でも、学園でも……責任、立場、視線……!」
歯を食いしばる。
「今さら家にすがれと?
また恥をかけというのか!」
エドワードは、一度だけ目を伏せた。
「……僕は準男爵家です。
上級貴族の責任も、重圧も……正直、分かりません」
一拍。
「でも――」
次の言葉は、抑えきれなかった。
「家柄なんて関係ない!」
エドワードは一歩、踏み出す。
「あなたが愛した女性が二人、人生を賭けているんだ!
恥の一つもかけない男に、守れるものなんてあるか!」
沈黙が落ちた。
アルヴィンの肩が、小さく震える。
そして――その場に、崩れ落ちた。
何も言えず、顔を覆ったまま動かない。
エドワードは、しばらく迷い、最後に一言だけ残した。
「……まだ、間に合います」
それだけ言って、踵を返した。
レイナのもとへ。
覚悟を決めた、彼女のもとへ。
廊下の向こうで、アルヴィンは一人、声を殺していた。




