穏やかな日々、そして……
研究が始まってからもいつもと変わらず季節は巡っていた。
学園の中庭に植えられた樹々は、芽吹き、葉を広げ、そしてまた色を変えつつある。講義の合間に吹き抜ける風も、どこか湿り気を帯び、遠くで夏の気配を知らせていた。
私とエドワードの研究は、派手さとは無縁だった。
成果が出た、という実感よりも、昨日できなかったことが今日はできる、という程度の変化。その繰り返しだ。
「……また、少し安定しましたね」
書庫の一角。積み重なった資料の間から、エドワードが小さく息をつく。
「ええ。集中の持続時間が伸びています」
それは彼自身の変化でもあった。
以前のような戸惑いは薄れ、仮説を立てる言葉にも迷いが少なくなっている。慎重さはそのままに、前へ進む覚悟だけが、静かに育っていた。
学園内で、私たちの名が話題に上ることも増えた。
賞賛ではない。
疑問でもない。
「……最近、あの二人、ずっと一緒よね」
そんな程度の、ささやき。
だが、それで十分だった。
魔導研究は奇跡ではない。日常の延長線にあるべきものだと、私たちは考えていたから。
エドワードの目的も、変わらない。
医療への応用。
誰かを救うための理論。
村での出来事は、私たちの間で多く語られることはなかった。
だが、あの時の感覚――触れず、命令せず、ただ流れを整えるという感覚は、確かに研究の芯として残っている。
「……レイナさん」
ある日の夕刻、研究室を出る直前に、エドワードが呼び止めた。
「この研究、急がなくていいと思うんです」
珍しく、彼の方からそんな言葉が出た。
「遠回りでも、確実な形で……」
「ええ」
私は即答した。
急ぐ理由はない。
けれど、止まるつもりもなかった。
その日も、何事もなく終わるはずだった。
研究室に戻り、資料を整理し、次の講義の準備をして――
いつも通りの一日。
だが。
廊下を歩いている途中、呼び止められた。
「……レイナ」
聞き覚えのある声。
振り返ると、そこにいたのはアルヴィン・フェルクだった。




