表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他の女と子供を作ってきて「愛している」はないでしょう 〜婚約破棄から始まる私の人生〜【連載版】  作者: ピラビタ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/14

とある集落にて

 二度目の野外検証から学園へ戻る帰路、せっかくここまで来たのだからと、エドワードの提案で休息をかねて近くの村へ立ち寄った。


 街道から少し外れた先にあるその集落は、地図には名が載っていても、実際に訪れる者は少ない。

 土の感触が靴底に戻ってくるだけで、不思議と肩の力が抜ける。舗装などされていない、踏み固められただけの道。両脇には背の低い石垣と畑が続き、乾いた土と青い葉の匂いが混じり合っている。

 

 畑では数人の村人が鍬を振るっていた。規則正しい金属音が、風に乗ってゆっくりと届く。こちらに気づいた老人が手を止め、軽く会釈をしてきた。


 家々は古く、だが手入れが行き届いている。屋根瓦には補修の跡が残り、壁には幾度も塗り直された痕がある。派手さはないが、暮らしを守る意思が積み重なった形だった。


 広場に近づくにつれ、空気がわずかに賑やかになる。井戸の周りでは子どもたちが遊び、洗濯物を干す女たちの声が交差する。笑い声と水音、布がはためく乾いた音。どれも特別なものではないが、欠ければすぐに気づく種類の音だ。


 その中心で、小さな出来事が起きていた。


 泣き声だった。

 幼い子どもの、息が詰まるような泣き方。母親らしき女性が慌てた様子で抱き上げている。


「どうかされましたか?」


 エドワードが周囲を見回しながら、言葉を探す。


「……子供が、熱を下げなくて」


 聞くと村に薬も、医者もないわけではない。

 今も診てもらった帰り道との事だった。


「重い病じゃないって言われたんです。でも……」


 微熱が続き、体調はすぐれないという。

 その言葉の端々に、不安が滲んでいた。


「それは……心配、ですよね」


「はい……あまり薬も効かなくて、安静にしてしっかり栄養を取らせるしかないと……」


 その声は少し震えていた。


 私とエドワードは、視線を交わす。

 おそらく同じ事が頭をよぎった。


(もし、魔導でこの子の回復力を促進できたら……)


 でも、現時点で不確かなものを使うべきかどうか。

 研究の範囲を越える行為ではないか。

 色々な感情がせめぎ合う中、最後に出た結論は「助けたい」だった。


「……大変な時だと思いますが、何かお手伝い出来ないでしょうか、様子を見るだけでも」


 私がそう言うと、エドワードも一度だけ頷いた。



 案内された家は、簡素だった。

 寝台の上に寝かされた子供は浅い呼吸を繰り返している。


 顔色は悪いが、命の危険が迫っているわけではない。

 それが、かえって判断を難しくしていた。


「すぐ治る、と言われ続けて……」


 母親の声は、かすれていた。


 私はそっと子供の傍に座り、ほのかに熱くなっている額にそっと触れる。

 そして、ただその状態を感じ取ろうとする。


(集中しろ……この子の持っている回復力を最大限発揮出来るように、寄り添うように……)


 焦ってはいけない。

 草木に力を与えた時の、あの感覚を思い出せ……

 

 ――その瞬間。


 身体の内側で、微かに何かが揺れた。


 言葉は発しない。ただ、痛み、苦しみが抜けていく「方向」を、こちらがはっきりと思い描く。

 時間を早めるのではなく、過程を滑らかにする感覚。


 強制ではない。

 命令でもない。


 呼吸に合わせ、こちらが整うと、向こうも整い始める。


 数瞬の沈黙のあと、子どもの泣き声が、少しずつ弱まった。


 完全に止んだわけではない。

 それでも、母親が「あれ?」と小さく声を漏らす程度には、変化があった。


 やがて、子供の呼吸は、わずかに深さを取り戻した。


 それだけだった。


「なんで……こんなの奇跡だわ、貴方は一体……いえ、ありがとう、ありがとうございます……」


 母親は涙声を震わせながら深く頭を下げる。


「そんな、顔を上げてください。それに奇跡じゃありません。お母様の看病の甲斐あっての事です。私たちはたまたまこの場に居合わせただけですから」


 理由は口にしない。


 それでいいのだと思った。

 この子と母親の苦痛を少しでも柔らげる事が出来たなら、それが全て、それで十分だ。


 私は一歩下がり、再び風景の一部に戻った。



 帰り道、エドワードが小さく息を吐いた。


「研究、という言葉を使うのが、少し怖くなりました」


「……ええ」


 私も同じだった。


 集中による物質の促進――魔導を仮にそう言い換えるなら、どれだけの人の役にたつことが出来るだろうか。反面、その力を間違えた方向に使ってしまう人が出てきたら……



 これは成果ではない。

 発表でもない。


 けれど――。


 人に向き合う覚悟だけは、確かに深まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ