野外検証
最初の野外検証は、学園から少し離れた丘陵地に決まった。
緩やかな起伏が続き、手入れは最低限に留められている。
薬草の自生地として知られてはいるが、立ち入る生徒は少ない場所だ。
「……思ったより、静かですね」
エドワードが周囲を見渡しながら、そう呟いた。
「ええ。学園内より、空気が落ち着いています」
足元の草を踏みしめる感触も、風の流れも、どこか柔らかい。
研究としては不確定要素が多すぎる。
けれど、魔導という未知の現象を扱う以上、避けては通れない道でもあった。
私たちは、簡易的な検証地点を決め、資料と道具を地面に広げた。
「まずは、前回と同じ条件で試してみましょう」
「はい。環境以外は、変えません」
エドワードはそう答えながらも、どこか落ち着かない様子だった。
無意識のうちに、指先を握ったり開いたりしている。
「……緊張、していますか?」
そう声をかけると、彼は少し驚いたようにこちらを見た。
「ええ。正直に言うと……少し」
照れたように視線を逸らしながらも、隠そうとはしない。
「でも、不思議ですね。怖いというより……失敗したくない、という気持ちの方が強いです」
私は、その言葉に小さく微笑んだ。
「同じです」
深く息を吸い、意識を整える。
前回と同じ魔導式。
同じ集中、同じ呼吸。
違うのは、足元の土と、吹き抜ける風だけ。
「……いきます」
合図と同時に、私は意識を沈めた。
すると――。
周囲の草が、さざめくように揺れた。
濃い緑だった葉の色が、ほんのわずかに淡くなる。
枯れたわけではない。色素そのものが変質している。自然が、魔導に応じた――そう直感できる変化だった。
微かな、しかし確かな感覚があった。
身体の内側を、静かに巡るような熱。
触れた空気が、わずかに揺れた。
「……今の」
エドワードが、思わず声を漏らす。
「感じましたか?」
「ええ。前回より、はっきりと」
成功とは言えない。
それでも、確実に一歩進んでいる。
私たちは顔を見合わせ、自然と笑みを交わした。
「……環境の影響は、想像以上ですね」
「はい。ここなら、条件を調整できそうです」
検証は、慎重に何度か繰り返された。
成功率は低い。
だが、反応は確実に増している。
気づけば、時間は思った以上に過ぎていた。
「……少し、休憩にしましょうか」
そう提案すると、エドワードはほっとしたように頷いた。
丘の斜面に腰を下ろし、並んで座る。
さきほどまでの集中が解け、静かな風の音だけが耳に届く。
「……こうしていると、研究というより散策みたいですね」
エドワードが、ぽつりと笑った。
「確かに」
私はそう答えながら、隣に座る彼との距離を意識していた。
近すぎるわけではない。
けれど、遠くもない。
「……レイナさん」
呼ばれて、顔を向ける。
「一緒に研究できて、本当に良かったと思っています」
真っ直ぐで、不器用な言葉。
飾り気はないのに、不思議と胸に残る。
「私もです」
そう答えると、彼は少し照れたように視線を伏せた。
魔導研究は、まだ始まったばかりだ。
成果も、評価も、ずっと先の話。
それでも――。
この時間が、確かに積み重なっていることだけは、はっきりと分かっていた。




